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Photo bypiyon_create2020

人よりケガが多くてわかったADHDのきっかけと保育の話

    40代シングルマザー「DV離婚、三度の鬱病寛解(双極性障害の疑いで治療中)、ADHD、無職」❤️‍🩹小学生の子ども「精神障害者手帳2級、不登校」❤️‍🩹
    つみつみ人生を送っている母子が自分と向き合い「無理せず生きる」に人生目標を変更中🌸「完璧主義をやめました。人間だもの、自分を許そう」

    文章は生成AIを使っていません
    つたない文章ですが、気持ちはこもっています
    その辺りの熱量も伝わると嬉しいです



    今も早速ケガしています笑

    ただいま絶賛、ケガで酷い痛みが続いてて普通に座ることもままならない私ですが、4日後である昨日ようやく勇気を出して整形外科に行って、レントゲンとCTを撮っていただいて骨折、ヒビもなく「打撲」との診断が出ました
    治るまでにあと2週間かかるらしく痛み止めと湿布をいただきました

    今回のケガの理由はコチラ↓


    さて、私は子どもの頃は毎日、今は毎週または隔週(に減ったかな?笑)のように、切り傷、刺し傷、火傷、突き指、打撲、腱鞘炎、ヘバーデン結節やその他もろもろなどが日常茶飯事にあり、足首の捻挫は約35回程をキープ

    自転車で転んだり、スキーで転んだり
    小さな頃から病院で縫った跡もいくつもありますし、爪がはがれたことも…
    それからギックリ腰やギックリ背中、頚椎ヘルニア、ムチウチ…
    それから骨折はヒビや剥離骨折を含めると
    3回程しております笑

    今回は尾てい骨や仙骨骨折じゃなくて本当に良かった!!治ったあとの後遺症が怖かったですから…


    ただ不思議なことに細かなケガはあるものの、自動車事故などの大きな事故には遭ったことはありません
    これはありがたいなと感謝しています✨


    ただ、

    何故こんなにケガするの??

    あまりにもケガがありすぎて、自分で
    ケガの処置をするのがうまくなりすぎました笑
    湿布は私の親友だし、ガーゼも絆創膏も友達です
    テーピングは仕事で使っていたのでプロ級です

    今は子どもがケガをしても、ちょちょいのちょいで処置できます
    もしかしたら外科の外来の看護師さんになれちゃうかも?ぐらいの安易な気持ちになったこともありました(看護師さんごめんなさい)

    私がケガをしやすいことは、家族や友人はみんな知っています
    親、祖父母、友人達…
    またケガしたの?今度は何ー??と心配したり
    「階段とケンカしても負けるんだものー!」と
    一緒に笑ってくれたり…病院勧めてくれたり…

    今はもう、ケガする理由も、ケガする場面もわかるから笑えるけど、わからない時はずっと悩みの種でした


    何故私だけこんなにケガするの?

    当時はAIなんてありません
    その理由を探すのに、答えが見つかりませんでした

    丁度、発達障害が注目され始めた29歳の頃でした

    私は保育士の専門学校に通っていました
    順番が逆だと思われると思いますが、私は18歳で一人暮らしで正社員の仕事、19・20歳はリラクゼーションサロンの契約社員、20〜23歳は鬱になり23〜25歳は交通警備員をしていました
    週払いで生活費が稼げるから、それだけのためでした

    それから虐待や育児放棄で亡くなる子ども達のニュースを見て、「私が全員育てる!!」と保育の道を目指しました

    大学に行っていない私は保育士資格試験がまず受けられず、実技が必要になります
    まずは何も知識がないため、
    警備員で稼いだお金でニチイの「ベビーシッター」の資格を取りにスクールに通い始めました

    スクールを卒業しベビーシッターの資格を取得後、保育園の派遣で「保育補助」なら資格が必要ないとわかると保育園での実技を得るために連絡すると、保育園の方から派遣は埋まってしまったので、「もし良かったら弊社の保育園で働いてみませんか?」とのお話が!!

    そんなこんなで2年働かせていただいて0.1歳児担当したり、フリーで動いたりして、本当に保育園は楽しかったし、やりがいがありました
    そしてどの先生からも「向いてる!」と言われていたのが本当に嬉しかったです
    ただ私がしてたのは裏方、保護者対応や保育日誌などは書いてなかったし…子どもたちのお世話をしたり作り物がメイン…それが一番楽しかったんだけどね

    それから次は学童保育で一年働いて、これもすごく楽しくて、いつも鬼ごっこに付き合う元気な先生でいたくて、まぁ、まだ20代だったから出来たこと笑

    3年保育関係で働いて、ようやくハローワークで保育士養成の専門学校に、無料かつ支払いしていていただいていた雇用保険で月額約15万円を貰いながら通っていたというわけです

    専門学校に無料で通いながら生活費も出て、しかも卒業と同時に保育士資格が貰える、スペシャルなこんな素晴らしい機会はないなって、面接時は気合いが入ってたんだけど、
    いざ入ってみると適応障害だったのか、また診断では鬱になってしまい…死にそうになりながら実習や授業を受けていました



    その授業の中のふとした場面で、子どもの発達障害についてサラッと学ぶ場面があって

    「ADHDは遅刻、ミスが多い、忘れ物・無くしものが多い…」

    ?!!?

    え??

    まさか?

    これ私じゃない?

    え?

    ケガが多いも入るのかな??


    講師「詳しくは〇月〇日に〇〇〇〇先生の講演があるので興味ある人は聞きに行ってみてください」

    お母さんと行ってみよう…
    何故か母と行ってみた

    そして行ってみたけどやっぱりケガの話はさろなかった
    不注意🟰ミスの話ばかり
    だから講演が終わった後に直接先生に聞きに行ってみた
    私の人生がかかっているから
    「先生、質問なのですが…子どもの頃から毎日のようにケガをしていて…今もです…これって不注意になりますか??ADHDの不注意にあたりますか?」

    講師「そうですねぇ…それだけではADHDとはならないですが、もし他のADHDの症状も当てはまるのであれば、それもADHDの不注意に当てはまりますね」

    「そうですか…ありがとうございました…!」


    当てはまる…当てはまりすぎるよ先生…

    そうだ、当時は鬱病の症状ももう出ていたから母と一緒に行動していたんだ

    それから発達障害を診てもらえる心療内科を探して受診した

    母親の意見や当時の成績も必要だった
    そして鬱病とADHDの診断がおりた

    丁度、大人の発達障害が注目され始めていた



    服薬するも、毎週3千円は現実的じゃなかった

    だから服薬も、通うのも辞めてしまった
    当時からきちんと通っていれば、障害年金が当時から降りてたかもしれないのに
    無知はもったいない


    ADHDに関しての悩みは当時は凄かった
    過眠だから常に眠いし、ミスは多いし成績は散々だった
    担任の先生にもものすごく心配をかけた
    いつも体調が悪くて、本当に迷惑をかけてしまった…

    だけど障害児施設での実習をさせてもらったところでは成績優秀であるはずの子ではなく、私に卒業後に働かないかと声をかけてくださった

    心情的な部分や中身を見てもらえたのかと思うと嬉しかった

    ただその子も、私とはタイプが違うハキハキとしたタイプだけどすごく良い子で仲良しだったから、何が決め手だったのかは今でもわからない

    私は鬱病だったから、働けずにお断りさせていただいたのだけど…お誘いいただけたことは本当にありがたかった

    死にものぐるいで通った2年間の専門学校を卒業した 
    担任の先生は泣いて喜んでくださった
    あぁ、今更だけど会いたいな…

    もう学校は閉鎖されてしまって、名前も忘れてしまったから探せないけれど、感謝している
    私の周りには、良い人ばかり…いつも助けていただいてばかりの人生だった


    そうそう、学童を辞めたあとに半年間だけ働いていたのだけど、学校に通いながら土日も働いていて、よく考えたら休みの日がない2年間だったかも笑

    学校を卒業したらまたその仕事に戻り、施設警備員として働いていた

    いつの間にか鬱は治っていて、やっぱり適応障害??なんて今は思っている


    最近気付いたこと

    私は閉所恐怖症らしい

    教室のような狭い空間に入れられて動けないでいるとすごくストレスが溜まる
    これはADHD由来なのかわからないが、息が出来なくなって不安になる…テントもダメ…

    もしかしたら、学校のそんな空間が苦手だったのかな


    ADHDの工夫

    忘れ物はしやすいから、覚えてる時点でやる
    書類を書いて玄関に
    必要な物はバッグに

    時間や予定はアラームでゴミ捨てやその日のスケジュールを知らせる

    片付けは苦手だから物は増やさない
    増やしたら減らす
    なるべく全てをシンプルにする
    とにかく常に断捨離
    使ったら片付ける

    よく寝る、よく確認することでケガやミスを予防

    先の先を読むことで心配事を解消

    時間管理
    2時間前から動き出しても間に合わないからもっと早めに行動しなきゃ

    人の名前は覚えられないから、担当者さんの名前はメモに残す
    思いついたことや買い物したいものはメモに残す
    タスクもメモに残す
    とにかくメモ魔(編集済み)

    あとは思いついたら書き足します


    頭の中は常にフル回転してたけど、双極性障害の薬を飲んでだらだいふバランスがとれて
    のんびりになって静かになった感じがする

    みんなこんなに静かなの??

    でも、ADHDのおかけでnoteの話題がつきないからありがたいんだけど

    さてそろそろまた寝ますか…
    朝5時です
    中途覚醒から、寝られないけどおやすみなさい


    保育士の資格を取ったその後

    結婚して子どもが産まれて、生後半年から子どもを文字通り一日中おんぶで背負いながら無認可保育園で働き始めましたが、
    一年働いた時に、無認可のため
    「自分の子どもが他の大きい子にケガさせられてるのに、その泣いてるのを後回しにして環境を整えなきゃいけない現状に納得がいかず」

    辞めました

    まずは自分の子育てだなと思って
    なのでそれからは違う仕事をしていますが、
    今は自分の子どもの障害に手一杯で、保育の道に帰れる余裕がなくなったのが現状です


    ただ、勉強してきたことは無駄ではなく、全くの無知だった子ども、赤ちゃんという存在の勉強ができたことは私にとって、今の我が子を知るための勉強だったのかなと思えています

    何もやりたいことがなかった
    マッサージや貧困を救うくらいしか興味がなかった私が、保育の世界に入って行動出来たことは我ながら誇りに思います

    子どもが大きくなったら、児童養護施設や乳児院で働きたい夢もまだありますが、双極性障害が発覚した今では難しいのかもと思います
    人生設計は、いつでもやり直ししなくちゃいけませんね(編集済み)

     
     
    40代シングルマザー「DV離婚、三度の鬱病寛解(双極性障害の疑いで服薬中)、ADHD、無職」❤️‍🩹小学生の子ども「精神障害者手帳2級、不登校」❤️‍🩹 つみつみ人生を送っている母子が自分と向き合い「無理せず生きる」に人生目標を変更中🌸「完璧主義をやめました。人間だもの、自分を許そう」

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