
【エッセイ】【お手柄の味】柴犬作助君ひったくり遭遇記

我が家では平成年間に犬を飼っていた。平成4年生まれで平成22年に虹の橋を渡った雄の柴犬である。
その頃私は精神的に病んでいて、会社を休職した後、仕事に復帰できず、鬱々と家に引きこもっている状態だった。見かねた家族が私の療養用にと犬を飼ってくれたのである。
生後90日から母親代わりに面倒を見て、私が主人だった。柴犬を選んだのは、昔話に出てくるような立ち耳、巻尾の、そのルックスと、狼の血が色濃く残っていそうな野性の佇まいに惚れたからである。
猟犬とコンビを組んで山を駆け回るマタギのように、勇敢な犬とツーカーのコミュニケーションがとれたら、どんなにカッコいいかと憧れたものだ。
だが、作助(さすけ)と名付けたその犬は人懐こく番犬にするにはいささか心許ない犬だった。
夏は暑いので陽が落ちてから散歩するのだが、彼は闇が怖いらしく、暗い道だと、私の後ろに回って「先に行って」とばかりに私の膝裏を鼻でつつく。はあ? 私の方こそ彼に先に行って欲しいのだが?
勇敢なマタギ犬はどこへやらだったが、やたら愛想ばかりよいヘタレ犬と十八年間楽しく暮らした。
マタギ犬は真似られなくとも、せめて見た目くらい精悍に保とうと、獣医さんの指示通り、ほかの餌は一切やらず、ダイエット用のドライフードだけで飼育した。本人(犬?)には可哀そうだったが、獣医さんの指定した銘柄以外の餌を与えると途端にぶくぶく太ってしまうので、他の物は簡単なおやつ以外一切与えなかった。
それかあらぬか、作助は丈夫で病気らしい病気もしないまま長生きしてくれた。
作助との思い出は尽きないが、中でも今なおクスッとなるエピソードを一つ紹介したい。
ある日のこと。深夜12時を回っていたろうか。近所で女性の鋭い悲鳴が聞こえた。すわ、何事ならんと、私は半分寝ていた作助を引き摺って、妹と共に玄関を飛び出した。
「ワンワンワンワンワン‼」「どうしました⁉」
「いまそこで、男の人にバッグを奪われそうになって……」20歳くらいのOL風の女性が青ざめている。
「ええっ⁉ 大丈夫でしたか?」
「110番! 110番!」
「……大丈夫です。わんちゃんの声で逃げて行ったみたいですから」
「とにかく、ここに居ても何だから、うちへどうぞ」
「ワンワンワンワンワン!」
不心得者がもういないと見るや、作助は安心(?)したのか、声を限りに吠えている。私たちを遠巻きにして。怖いから近寄ってこないのである(笑)。(あいつ、やっぱりヘタレ犬だな)と心の中で思いながらとにかく女性を一旦我が家に落ち着かせた。
それからは大変だった。女性が襲われそうになったのだ。閑静な住宅街に似合わぬ大事件である。私たちの通報によってパトカーは来るわ。おまわりさんは来るわ。私服の刑事さんは来るわ。それにしても女性が無事で何よりだったと、女性を警察に任せて、その夜は作助と共に寝なおした。
それから一週間くらいたってから、件の女性が我が家にご丁寧にもお礼に見えた。
「あの時は本当にありがとうございました」
と言って大きな果物の籠を下さったのである。恐縮しているとさらに
「それからこれは……」
といって、犬用の美味しそうな缶詰を数個、別の袋に入れて
「わんちゃんにお礼です」
と下さった。
私は心の中で
(えー! あいつ遠巻きに吠えてただけじゃなかったか)と思ったが、私が頂いたわけでもないので丁重にお礼を言って端無くも頂戴した。女性が帰った後、我が家は大騒ぎ。
「作助、作助、お前にお礼だって!」
「すごいね! 役に立ったね」
「ワンワン!」
普段、健康のためにと思って同じ銘柄のドライフードばかり与えていた我が家だが、ひと様からお礼だといって頂戴した缶詰まで取り上げるほど非情ではない。あくまで特例としてその夜の作助の餌皿には美味しそうな肉の缶詰が開けられたのであった。
「ワンワンワン(なにこれ⁈ すっごく美味しい! こんな食べ物がこの世にあったんだね!)」―ナレーション筆者―
作助にとってはさぞや空前絶後の美味しさだったに違いない。
【作助君との思い出 その弐】第二弾もあります