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私がすべてのnoterさんに求めていること

    これは過去にも何度か扱ったテーマになるのですが、ふと「端的に言うとこうだな」ということが頭に浮かんだので、改めて書くことにします。

    noteの書き手であるみなさんに対して、私が個人的に求めているのは以下の2点です。

    1. 思っていることを書いてくれ

    2. 思っていないことは書かないでくれ

    それで、2番に該当する記事って、たぶん以下の2つに大別されると思うんですよね。

    1. 単に商売を目的としているだけの記事(別にその商品を本気でおすすめしたいとは全然思ってない)

    2. 単に生成AIで出力しただけの記事(別に自分ではそんなことは何も考えてない)

    3. これら2つの合わせ技の記事

    あ、3つになっちゃった。これが火鍋や合いがけのカレーだったら、一度に2つの味で第3の新たな体験が生まれるのは嬉しいのですが…この3番目って、正直何も生まれてませんよね? 「ボロ布に水を吸わせたらずっしりしたボロ布になりました」程度の話ですよね。何も生まれてないです。

    ここで、資本主義の世界にはそもそも楽な儲けの機会は存続できないこととか、金儲けや世間一般の価値観とは関係なく「個人の主観」を文章に書くことがどうして大切なのかといった話は既に何度もしていますから、今回は省略します。(お時間のある方はそれぞれこの記事とこの記事をどうぞ)

    なので、言いたいことは前から変わってないのですが、過去記事とは別の話を少しだけします。

    🐟 🐟 🐟

    私はいつも不思議に思うのですが、こうした人々は「自分」というものがどこにあるんでしょうか。自分の言葉で書きたいものがないんですか。人に伝えたいことが何もないんですか。それって本気で言ってるんですか!!!

    平日8時間の仕事にするなら、自分がそこまで深い価値を感じていないことに労働時間を捧げるというのは全然悪いことではないです。むしろそれは社会として真っ当な状態で、私たちがお金を払うこと、つまり生活にどうしても必要な商品やサービスっていうのは、個々の人間が持っている「主観的に強く価値を感じる何か」や「この世でいちばん大切にしている何か」とはほとんど関わりがないですからね。そういう無数のお仕事は今回の話とは無関係に大切なので、それでいいんです。

    でも、noteは違うでしょう。仕事上の義務や責任とは何も関係なしに、自分でアカウントを作って、自分で白紙のページを手にしたんでしょう。日本中の読み手に届けられるそれを。そこに書くべき言葉が、本当に何もないんですか? 生きてるのに? 生きてるような顔をしているくせに?

    同じ内容を駅前で演説したら、単に「異常おじさんが何か叫んでるな」と思われるだけで終わりなのに、noteのフォロワーさんはめちゃくちゃ真面目にそれを読んでくれるんですよ。全員とは言わないまでも、少なくない割合の人々が。あなたの言葉を。

    もうすぐAIが人類を超えるって? それは結構なことですが、あなたがあなた自身の言葉や感情を持たないのなら、それってそもそも人類の水準に届いているんですか? AIじゃなくてあなたが。あなたの話なんですよ。ちょっと聞いてもらってもいいですか?

    おい! 本当にそんなものが面白いと思っているのか教えてくれ!! 思ってるならそれでいい! 続けてくれ! そうじゃないなら今すぐやめろ!!

    思ってることを書け!!!!

    関連書籍

    …というような趣旨の話(言い換えれば「自分が自分であることをやれ」)をすごく真面目に、400ページくらいの内容にまとめた本を去年出しています。読んでね〜!

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    著述家、ソフトウェア開発者、コンサーティーナ奏者、ときどき短歌。相棒はもちもち白文鳥のふみ子3歳です

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