
「孤高のイヌワシ」〜教職37年間を支えた大学時代の原点
夜10時を過ぎ、我が家で愛犬のマコちゃんが私の隣にぴったりとくっついて伏せをしている。
そろそろ眠たいのだろうか、静かに私の呟きに耳を傾けている。穏やかな夜だ。
SNSを開くと、現役の小中学校の先生方が「仕事を辞めました」「辞めようと思っています」といった苦悩や、過酷な現場で必死に耐えている胸の内を綴った記事がたくさん流れてくる。
それらを読んでいると、ふと私は自分自身のことを振り返ってしまう。
私自身、大変なことばかりではあったものの、結果的に37年間という長い教員生活を走り抜くことができた。
今の先生方はもっと厳しい状況にあるのかもしれないが、私の時代も確かに過酷だった。では、なぜ私は37年間も続けることができたのだろうか。
これまで自分のブログの記事では、高校時代の日雇い労働の経験や、浪人生活、大学時代に触れたロマン・ロランの「戦闘的ヒューマニズム」、ニーチェの思想、そして恩師の「技術論」などが自分の背景にあると書いてきた。
しかし今日、それらに並ぶ、あるいはそれ以上に大きな「もうひとつの大切な土台」を忘れていたことに気がついた。
それは、大学時代に読んだ丸山健二さんのエッセイ『イヌワシ讃歌』や『イヌワシのように』との出会いだった。
そのエッセイでは、群れをなすことの醜さや情けなさが描かれ、それとは対照的に孤高の「イヌワシ」がとても気高く表現されていた。
当時、下宿の窓から長野県松本の高い青空を見上げているとき、遥か高みを舞う一羽の鳥を目撃したことがある。
普通のトビなどとは明らかに違う圧倒的な高さを飛ぶその姿を見て、「あれが本に書かれていたイヌワシかもしれない」と感動した。
どうしてもイヌワシの姿を確かめたくなり、私はオフロードバイクを走らせて大町山岳博物館へと向かった。
エッセイには、私の不確かな記憶では「捕らえられていてかわいそうだ」といったニュアンスの記述があったと思うが、実際に見たイヌワシの迫力は想像をはるかに絶するものだった。
太い足で丸太を力強く掴み、奥の横木から手前の低い横木へとバサッと移ってきた瞬間、巨大な羽が広がった。
その凄まじい迫力に、私は思わず一歩後ずさりをしたほどだった。
松本の空で見たイヌワシ、そして博物館で全身に受けた圧巻の存在感。それらがひとつになり、当時の私の心に「人と群れるのは嫌だ」「自分が正しいと思う考えがあるなら、絶対に曲げたくない」という強い軸が芽生えたのだと思う。
これが、私が教師になる前段階で手に入れた「土台」であり「覚悟」だった。
働く上で「協力すること」「歩調を合わせること」と、「群れること」は似ているようで全く違う。そこにはグラデーションの罠がある。
「たとえ1人になってもいい」という腹の括りがあれば、組織や場の空気に飲まれることもなく、心を病ませることもない。
空気を壊してでも、自分の信じる意見を言うことができる。
保護者対応でも、教育委員会や大きな権力と対峙するときでも、私の場合は、最終的に「孤高であること」に軸足を置いていたからこそ、心折れずにやってこられたのだと思う。
今日、ふとしたきっかけで思い出したこの大学時代の記憶。
遥かな高みを孤高に舞うイヌワシの気高さは、今も私の中で確かに生き続けている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。良き日が訪れますように。