
つまらないが、一番だめ。
幹事。
世話役。
進行役。
コーディネーター。
なぜか、こういう役回りをすることが多い。
考えるのも、まとめるのも、嫌いではない。
さっさと進まないとイライラするので、つい手が出てしまう部分もある。
ただ、「香月がいないと進まない」という状況になりがちなのが、厄介なのだ。
私は別に、職場でもどこでも、立場が上の人間ではない。
企画するにしても、皆と横並びで物を言いたい。
意見を出し合って、ブラッシュアップしていく過程が好きなのだ。
だから、自分の案がそのまま通ってしまうと、非常に気が引ける。
背負わせないでほしい。
その上、「だって香月さんが決めたんでしょう?」なんて言われた日にゃ、「いやいやいやいや、文句があるなら最初に言えよ」となる。
こうなるのが嫌で、とにかくたくさん考える。
そして、なるべく聞く。
誰のためのものなのかを第一に、こうしたら楽しいだろうというのを、いろんな人の頭の中、心の中から引き出したい。
私の中にはないアイディアがたくさん眠っているのに、それを知らずにいるなんて、もったいない。
私が決めたいのではない。みんなで決めたかったのだ。
最近、ちょいちょい演劇部だった頃の話が出るが。
あの頃は楽しかったな。
意見を持ち寄って、ああでもないこうでもないと、ストーリーも演技プランも演出プランも練っていく。
いい意味で変人がたくさんいたので、毎回腹がよじれるほど笑いながら、作品を作り上げた。
当時の私は、「ナンバー2」とか「参謀」とか呼ばれていたように思う。
考える時間ももちろん楽しかった。
けれど、いちばん楽しかったのは、実行したものがウケる瞬間だ。
仕掛けたことが狙いどおりに届いて、客席が沸く。
心の中でガッツポーズをする。
してやったり。
そういうの、もう、なかなかやれる機会がない。
今、職場でとある業務を任されているグループがある。
ひとつの案件について、こうしたらああしたらと話し合う時間が取れないのが痛い。
議題が上がってから、あっという間に数ヶ月が過ぎてしまう。
私たちは個人事業主の集まりだ。
会議の時間を設けようと思えば、本来の仕事を止めなければならない。
たまたま空き時間が重なればいいけれど、そんな偶然はなかなか起きない。
顔を合わせられた面子だけで進めていいと言ってはいるものの、一人でも欠けた結論は、やっぱりみんなの腹に落ちていない。
だから、話がスムーズに進むよう、私が裏で段取ってしまう。
けれど、やりすぎると余計に機能しなくなる。
「香月が動いてくれる」になってしまうからだ。
結局、毎度、限界が来て、無給の時間を割くことになる。
運営さんも、議案を投げるなら、会議の時間を作ってほしい。
……ああ、愚痴ってしまった。
組織は嫌いだけれど、こういう時は、ちゃんとした会社っていいなあと思ったりする。
時々、考える。
一般的な「会社員」になっていたら、私は役に立てていたのだろうか。
何か強みを生かせていただろうか。
それに見合ったサラリーをもらえていただろうか。
やりがい搾取、なんて言葉もある。
楽しいからついやってしまうけれど、もっとお金になっていいようなことを、破格でやってしまっているなあ、とは思う。
でも、ここまで書いて気づいた。
私が嫌なのは、忙しいことでも、無給でもない(いや、無給は嫌だが)。
いちばん困るのは、「つまらない」ことなのだ。
つまらないが、一番だめ。
面白いことを考えたい。
実際にやってみたい。
誰かに楽しんでもらって、してやったりと笑いたい。
そのためなら、段取りも、聞き取りも、苦にならない。
なのに、面白いことを実現するための雑務に追われて、面白いことを考える余裕がなくなっていく。
それが、いちばんもったいない。
まだ、面白がる力はなくなっていない。
だから、その力を、ひとりで抱え込むのはやめたいところだ。
周りを巻き込めるくらいの、楽しい人でありたい。