
はじめての執筆後記
これを前回の中に入れる気にはならなかった。
もう1万5千字以上になっていた。私はよく過去回の文章も貼って解説していくため、トータル2万字くらいになってしまっていたかと。
長尺になることと内容がまとまりを欠くことを気にして、ありのままの気持ちで書けなかったと思う。文章の系統が違うと言うか。
一気に殴り書きして、あえて見直しもせず、勢いでアップする。そのくらいの方が、完全に個人的な話というのはいいものになる気がするから。
前回のエコノミーを解明する/崩壊するエコノミーというタイトルにした文章で、どうして、〆の言葉を「自分の好きなように生きるんだ」としたか。まぁこんな言葉で〆ておけばいいだろう、という安易な気持ちではなく。いろいろ思うところがあって、そうしたのだ。
特定の人物を思い浮かべながら、書いていた。1人の高校生の男の子だ。
私には幼なじみが2人いて。小学生になる前から小学校1年生くらいまでの私にとって、「人と遊ぶ」とは、近所の同い年のT君とM君と何かをして時間をすごすという意味だった。
あと私の弟がいたが。2人と遊ぶ時限定だが、めんどうをみなければならない弟という存在は、感覚的に持ち物に近くなったのを覚えている。このバッグももっていかなきゃ的な。大人になった今の語彙力で言うなら。おとなしい子・自分より年下というのもあり、私は彼の自我を(彼も1人の人間だということを)あまり意識していなかったのだと思う。だから、4人で遊んでいたという感覚はあまりない。
M君の父親は私の父親に雇われていた人だった。いや、ずっとそうで今もそうなのだが。
私の父親はAという技術をもっている。M君の父親はBという技術をもっている。全てを1人でやらなければならなくなり(現実的に厳しい)、BがいなければAは困るのだが。Bは絶対にAを兼ねることはできない・その逆はやろうとしたらできる、という技術的/資格的関係性だ。Aは独立開業する人が多く。Bは大所帯のB会社に属するか、Aに直接雇われる人がほとんど。
他、基本構造的な話として。Aはそこまでの努力やかけた資金など、最初は苦労するが。年月が経つほど、AはBよりも裕福になっていく。
同じ業界同じ場所で働く同世代の2人から、同じ年に長女と長男が生まれた。それが私とM君だ。
ああ。それで、2人の世界(家とか食事とか旅行へ行けるかどうかとか)がこんなに違うのが世知辛いとか、そういう話かと思うだろう。
そういう話じゃあないんだ。
実は、Aという業界は飽和状態の業界で。かつて国がしたおかしな法設計のしわ寄せ的に、そんなふうになっているのだが。私の父親は技術がすこぶる高く。彼を知らないのはAの未熟な人か若い世代だけで、Aのトップクラスと古参はみんな彼を知っている。数が多すぎてどんなにすばらしい人も目立たず成功しないという、悲しいお話になっていない、パターンなのだ。
で。彼が、従業員にはその利益をあまりわけ与えない人だったら、シンプルな世知辛い話になるのだが。それもないのだ。業界内で比較して・地域差も考えあわせて、従業員らの給料はかなり高い。M君の父親の給料はその中で一番高い。
同中だった別高に行った女友達が、「今日進路指導で先生から、ここで働くことを目指したら?って見せられた紙〜さあん家だったんだけど〜」と通話がきたことがある。ちょっとエモい会話だったから、思い出して書いてみる。
最初は笑っていた彼女が、まじめな声で「え……資格とかなくてもいいの……」と聞いてきた。「事務の仕事しかしないならいいんじゃあないかな。でも、資格がある人が事務もしたらいいだけだから、そういう人がきたらその人を選びそう」「さあのお父さんにA美がバカなのバレてるよね」「8点のテストもった3人を記念撮影した写真が私の部屋の壁にあるけど、写真いっぱいあるし特定はされてないと思う」「エイトマンそろったやつね!なつかしい!」「10点満点のテストかよっていうね」(ManじゃなくてWomanだしさらにWomenだし、うちらの年ならGirlsだよ。とは言わず)「さあもA美バカだと思ってるよね」壁の友達3人の笑顔を見ながら言った。「思ってる笑。でも、これはいい写真だよ」「……そうだよね!」すごく明るい声だった。いい写真ーーこれしか言わなくても全てを読みとってくれるA美は、私が嫌うような本当にダメなバカではないどころか、エモい賢さのある人だ。私のとても好きな「種族」だ。
M君の父親は、実質お金を多めにもっていたはずだ。けれど、質素倹約な暮らしを続けた。家にも食事にもあらゆる所有物や体験系にも、何にも、平均よりずっとお金を使わなかった。
それは別にN家の自由だが。たぶん、M君の父親は、列をはみ出してはならない・きちんと列に並んでいなければならない的な価値観が強かったのだと思う。N家の暮らしぶりは、家長のそういう価値観の表れだったのだと思う。
話に関係あるから書きそえるが。私の父親のスタート(出自)は、これ以上ないというほど低い。いわゆるド貧乏、日本最底辺と言っていいくらいの。つまり、M君の父親の方がよほどマシなスタートを切っている。無い無い尽くしの私の父親は、何もかもに欲しい欲しいと思えたのかもしれない。常に背水の陣(いつも滅びがすぐそこ)だからね😂
M君は中学で楽器演奏に興味をもつようになり、高校ではバンドを組んでいた。幼少期ほどは一緒にすごさなくなっていたが、T君も私も、M君がミュージシャンになりたいと思っていることは知っていた。たぶん、シド・ヴィシャスとかにあこがれていたのだと思う。

M君が聞いていた歌を私もちゃんと聞いておけばよかった。
ある日。M君が家出したらしい!居場所を知らないか!と、私の父親が私に言ってきた。何も聞いていない。
その前の晩。M君はM君の父親に、高校を卒業したら音楽で生きていくことを目指して上京したい、と言ったそうだ。アルバイトをして自分でどうにかやっていくから、迷惑はかけないからと。猛反対したM君の父親は、そんなことをするなら親子の縁を切る!と怒鳴ったそうだ。
とっくみあいのケンカになったとかではなかったと。M君は特に言い返すこともなく、家族はそのまま就寝したそうだ。次の日以降、またじっくり話す(反対する)つもりだったのだろう。
だが、翌朝にはM君は消えていた。
私は、それから二度と、生まれてからずっと近くにいたM君と会っていない。東京で人が路上演奏をしていそうな場所をまわってみたこともあるし、今だってそういう場所を通る時にはM君のことを思い出す。
どこでなにをしているの。もしかしたら、有名にはなっていないだけで、楽器演奏か音楽関係を仕事にしているのかもしれない。
いいんだ。M君は、やりたいことのために出て行ったのだから。私は、M君には、どうしてそんなことをしたのと思ったことはない。
M君の父親にだ。どうしてそんなことをしたのと、いつまでも思うのは。
なんでそんなことで親子の縁を切る。意味がわからない。
子の将来を案じているから?子を愛しているからこそ?食っていけなそうなことを目指したら、そんな大事な我が子と、親子の縁を切る?意味がわからない。
じゃあ、人の夢ってなんなんだ。M君が何か悪いことでもしたのかよ。
売り言葉に買い言葉で本気じゃなかった?これなら、これだけは、わかる。
きっと、そうだったのだろう。M君の父親は絶対に言わないのだが。後悔しているのだと思う。息子のことを思い出さない日はないのだと思う。今どこで何をしているんだ・もう一度会いたいと、思わない日はないのだろう。
息子に、好きに生きていいと言えばよかったのに。チャレンジしたいことがあると言っただけで、ならお前は俺の息子じゃないなんて、言わなきゃよかったのに。
私の父親曰く、さあになら言っても大丈夫だと。縁切り発言を言いまわしの1つだととらえて、私は失踪したりしないと。M君は重くとらえてしまったんだろうなと。
人はみんな自分の好きに生きていい。現実はいろいろあって一概にそうは言えないとか、そういう話ではなく(それを知らない人などいないのだから、そんな話はする意味がない)。その基本的なマインドをもっていないと、とりかえしのつかない言葉を発したりしてしまって、とりかえしのつかない事態をまねくかもしれない。
と。そんなことを考えながら、前回の文章を書いていた。
俺にはやりたいことがあるんだとあの日出て行ったM君は、21才から年をとらないシド・ヴィシャスのように、私の中でずっと若いままだ。