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情熱 スキル 肉体

    続きものではないけれど。前回の内容を一部貼り出すことからはじめる。

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    もう1つ、過去回から。

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    根性論など語るつもりはない、とは言わないが。(私は、根性論時代遅れとかいうのがわからない派だ。根性も大事なことの1つでないわけがない)

    彼らはストイックに生きたのではない。真逆くらい違う。自分の好きなことを死んでも手放さなかったのだ。


    私に格闘技系の運動の指導をしてくれる先生が、言っていた。(系と書いているのは私がフィットネスの域だからで、先生はその道のプロフェッショナルだ)

    好きなことをおろそか・ないがしろにしてはならないと。

    先生には、ある好きなことがあって。それを捨ててまで鍛錬をつんでいた。そうまでしたことで体を壊して、大事な時に敗北して。気がついた。好きなことをガマンするのをやめた今、全てがうまくいっている。心が軽くなると、身体は自分が思い描く形になっていった。この後〇〇があると思うとがんばれる。うれしいことや幸せに感じることがなくてずっとがんばれるなんてことはない、と言いきっていた。よりユニークなことも言っていた。自分の好きなことに罪悪感を感じると、人はネガティブになる。

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    つまり、先生はこのように言っている。
    より不安定になりやすい/流動的である心が、その先の体と技を支えて/左右している。

    技に最適化するよう鍛えぬかれた肉体の内側にある・そこまでに達する道中にあったのは、ストイックの一言で表せるものではないらしい。私は思った、ブッダの言っていたことは本当だったんだと。

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    誓って本当なのだが。私レベルでもこれがなんとなくわかるのだ。

    大音量の中で、先生がもっとだもっと上げろなどと檄をとばしてくれるのが聞こえるのは、ピン・マイクがあるからだ。でも、足元に ぱた ぱた と落ちる自分の汗の音も、聞こえるような気がしてくるのだ。たとえばこの曲↓がかかった時、ヴォーカルの人の澄んだ no no cry more という声が、細く真っ直ぐな光る線になって私のあたまの中を通った。音楽ありがとう。汗は出続けるが、呼吸は深くスローになっていく。

    そういう状態になっている時の私の一打を見て先生が親指を立ててくれているのが、視界のすみに入ってうれしい。自分にしてはめずらしくニコリともせず目もあわせず、だよね 私 今の よくできてたよね……!と心の中で返答する。

    私は、まず10個(比喩)をできるようになってみろと、言われているのだから。その10個が全てできて1になって通ったら、私は私のレベルとして、ちゃんとえらいと思っている。

    みんなそうでしょう。

    足場をかためて、次の段階へのとっかかりをつくる。そのくり返し。母国語以外の言語を習得した過程や、ある仕事をできるようになるまでも、同じ。いつもそうやってきた。

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    え、カッコイイ。

    サッカーのプロフェッショナルの1人は、このように言っている。

    生まれる場所を選ぶことはできなかったが、もう親におうかがいをたてる必要はない年なのだから、ここからは自分で決めれるではないか。

    他の話を経由して、この話には再度戻ってくるつもり。


    「自分が好きなことに罪悪感を感じると、人はネガティブになる」前後の文脈から、負のスパイラルにおちいるというような意味にも聞こえた。

    ひも解いてみたいような気にさせられる、不思議な言いまわしだった。

    私が最近観た中で、おもしろかった映像作品。

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    どのくらい脚色されているのかなど、私にはわからない。こんなにひどくなかったのかもしれないし、もっとひどかったのかもしれない。Netflix の方がよほど悪いヤツかもしれない。笑

    以下、【ネタバレ注意】。

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    数ねぇちゃんは?私は大丈夫だから、さっさと食べちゃいな。あの時のミミズの味、死ぬまで忘れない。

    数子ちゃん、今からホテルに行くよ。話はもうついている。ーーはじめての男に売られるなんてね。だまされた私が悪いんだけれど。

    私は投資家でこれはビジネスだ。賭けてみたいんだ、君の度胸と根性に。もし失敗したら身ぐるみはいで取り立てる。3坪しかない、どういう商売がいいか知恵をしぼった。

    昼は大学・夜はお店。政治・経済・哲学。

    1週間後あんなことになるなんて、新婚初夜は思ってもみなかった。やっぱり私には商売の方が向いているみたい。

    今からデートしましょう。残りの1億は私が出すわ。姉ちゃんはハメられたんだよ。やっぱり詐欺師だったんだよ。

    借金は全て俺が片づけてやる。ただし、条件がある。今日からあんたはおもちゃだ。

    死ぬなんて簡単に言うんじゃあない。自分が誰か思い出しなさい、天下の島倉千代子よ。島倉千代子の歌は国の宝。その宝、買取るつもりでこの話のんでくれねぇか。本当の姉妹みたい。この度、島倉千代子の後見人となりました、細木数子です。

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    橋から飛び降りようとしていたところを助けたって話だろ、全部ウソ。姉ちゃんはすぐに金のにおいをかぎつけて、堀田と芝居を打った。島倉に年に200ステージやらせて、最低でも年に4億。姉ちゃんは、自分が食い物にされた経験から他人を食い物にする術を身につけた。だまされたならだませばいいと。

    あんたはね、黙って歌だけ歌ってりゃあいいの。私の歌にかける想いを利用したのね。

    君の人生はすばらしい。私の理想とする活学だ。

    来年には、細木さん自身が大殺界をむかえます。

    以上、セリフからの抜粋。

    人を傷つけてはいけないのだから、私は、この人物のふるまいや行いを正しいものや立派なものだとは思わないが。

    それは、チョコバナナのクレープが好きか ブルーベリー・チーズクリームのクレープが好き(これ私)か しょっぱい系のクレープが好きか、みたいなものだ。人の行為が犯罪と分類されるものにさしかかれば、それはそれで、しかるべき組織がとりしまるのだし。

    もし、彼女が、好きなこと(お金儲け)に罪悪感を抱いていたら。彼女は、確実に、このような人生の早い段階で止まっていただろう。

    と、それだけはわかる。

    後でこの動画を観て、おもしろくて笑ってしまった。

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    「話が違う」がすぎるこの動画にも、笑ってしまった。

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    (養子縁組で娘になった)娘さん、普通に苦労してらっしゃるな😂


    2012年~2014年に放送されたアメリカのドラマ『The Newsroom』、主に架空のテレビ局の舞台裏が描かれた作品の、セリフを紹介する。

    真顔で、アメリカは星条旗のようにすばらしく世界で唯一自由をもっている国だと、学生に言うつもりか。カナダには自由がある。日本にも自由がある。イギリス・フランス・イタリア・ドイツ・スペイン・オーストラリア・ベルギーにも。世界には207の主権国家があるが、その内180くらいが自由な国だ。諸君が知っておくべきことの1つは、アメリカが世界で最も偉大な国だという主張を裏づける証拠は全くない、ということだ。識字率で7位・数学で27位・科学で22位・平均寿命で49位・乳児死亡率で178位・世帯収入の中央値33位・労働力で4位・輸出で4位(放送当時)。私たちが世界をリードしているのは、この3カテゴリーでだけだ。人口あたりの収監者数。天使は実在すると信じている成人の数。国防費。(次の26ヵ国の合計よりも多く支出している。その内25ヵ国は同盟国だ)20才の大学生たちのせいでこうなっているわけではない。それでも、君たちは間違いなく史上最悪の世代の一員だ。「何が私たちを世界で最も偉大な国にしているのか」?寝言は寝て言え。

    ……たしかに、昔はそうだった。私たちは正しいことのために立ち上がった。道徳的な理由で法律を制定し・道徳的な理由で法律を廃止し、貧しい人々と戦うのではなく貧困と戦った。犠牲を払い隣人を気づかった。口先だけでなく行動で示した。それらを決して自慢しなかった。偉大な建造物をつくり・驚異的な技術革新をとげ・宇宙を探求し・病を治し・世界最高の芸術と世界最高の経済を育てた。星に手をのばして男らしく行動した。知性を追求し、それを軽んじず劣等感を抱かなかった。前回の選挙で誰に投票したかで自分自身を定義せず。簡単におびえることもなかった。

    私たちがこれら全てのことを成しとげることができたのは、偉大な人々や尊敬される人々から、知識を得て影響を受けていたからだ。解決への第一歩は、アメリカはもはや世界で最も偉大な国ではないと、認識することだ。

    そんなアメリカ人には、この芸人さんの語りとか、どうだろうか。

    性格の悪い容姿の良い人も普通の人も悪い人も、ものを知らない容姿の良い人も普通の人も悪い人も、性格の悪い老人・ものを知らない老人には必ずなる。美醜どころではない段階がやってくる。軌道修正できる内にしておくべき。この漫談の中の、性格がよいと言うか当たり前のことーーという点には同意だ。

    他に、こんなセリフもある。

    私は共和党員だから自分を共和党員と呼ぶ。市場原理にもとづく解決策を信じ、常識的な現実を信じ、危険な世界から身を守る必要性を信じている。それだけだ。問題は、今や、同性愛嫌悪者にならなければならないことだ。事実を否定し、科学研究は長期にわたる詐欺だと考えなければならない。貧しい人々が恵まれた生活をおくっていると考えなければならない。21世紀の教育と知性を恐れるほどの、とてつもない劣等感をもたなければならない。だが、何よりも大きな新たな要件は、民主党員を憎まなければならないことだ。大統領がエア・フォース・ワンから降りてきた時につばをはかなかった、クリス・クリスティを憎まなければならないことだ。

    こんなセリフも。

    「大馬鹿者」というのは、実は、経済学用語だ。大馬鹿者とはカモのことだ。我々が利益を得るためには、買い持ちで売り持ちをする人らが必要なのだ。大馬鹿者にならないように一生をおくる人もいるが。大馬鹿者とは、他人が失敗したところで自分は成功できると考える、自己欺瞞とエゴが完璧にまざりあった人物だ。この国全体は大馬鹿者によってつくられている。


    ガス・ヴァン・サント監督は、『マイ・プライベート・アイダホ』『グッド・ウィル・ハンティング』『小説家を見つけたら』『エレファント』『ミルク』など、数々の名作映画を生み出した。

    『エレファント』(2003年)は、1999年にコロラド州で起きたコロンバイン高校銃乱射事件をとりあつかった作品だ。「キスも知らない17才が銃の撃ち方は知っている」と。

    プロの役者は3人の大人だけで、他の登場人物は一般の高校生たちによって演じられた(役名もみんな本名らしい)。彼ら彼女らの生の声をふんだんに取入れて製作されたもので、その頃のアメリカのティーンズのリアルを反映した作品と言えるだろう。

    同事件をテーマにした他映画に、マイケル・ムーア監督兼主演の『ボウリング・フォー・コロンバイン』がある。


    『小説家を見つけたら』の話をする。(原題より邦題の方が断然よい)

    ネットの日本語の文章には、同監督作品のグッド・ウィル・ハンティングに似ているという主旨の、ごく短い感想があふれている。

    しばらく過去回を貼る。

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    骨組みが似ているもの(いや、両作からかもしだされる空気感も似ているけれどね)を似ているとすること。反対に、何かと何かを似ていないとすること。あたまでサマリー的に考えてばかりいて、心でぼんやりと受取るようなものや軸以上に重要にもなり得るような細部を「名前をつけて保存」していないと、そういうことをしやすくなるのかもしれない。実生活でも。

    理由は複数あるのだが、私は文章に目次をつけない。映画でそれをやったら先出しのネタバレになってしまうのだから、映画には目次はない。(操作上のチャプター分類や「Day2」「Day3」「10 years ago」などアクセント程度のさしこみは別)

    あらすじを知ってから映画を観る人(つまり、先に観た人に解説してもらってから映画を観る人)がいる。より細部を拾いたいなら複数回観ればよいのだから、ガイドラインを欲してそのようにしているのだろう。

    本作を観たことのない人はこの先を読まない方がいいかもしれない、という意味でもある。


    以下、【ネタバレ注意】。

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    「今度、学校で作文コンテストがあるんだ。そういうのに応募したことはある?」「ずいぶん前のことだが、ある」「やっぱりあんたが勝ったの?」「もちろん私が勝ったさ」「賞金をもらえたりするやつ?」「ピューリッツァー賞」

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    Invincible under the sun って何?
    天下無双。漢字の方が断然イケてるよね。

    ショーン・コネリー演じるウィリアム・フォレスターという架空の作家は、偉大な小説を書き終えた後に文学界から姿を消し、伝説的な人物となった。

    (友だちにけしかけられた度胸試しのようなもので)ブロンクスの彼のアパートに侵入した黒人ティーンエイジャーのジャマル・ウォレスに発見されるまで、社会との接触を極力断っていたフォレスターは、自身もじょじょに架空の人物のようになっていっていた。自著がエンディングをむかえても書いた本人は生き続けているのは、まぎれもない事実なのに。

    と、私はそんなふうにとらえている。

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    彼は少年たちから The Window と呼ばれている。

    窓は飛び降りるためのものではないが。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』では、複数の描写で何度も、窓と死がかけあわされている。

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    不法侵入された側の住人に逆におどかされ、あわてたジャマルはバック・パックを忘れてしまう。謎の初老男性に、その中にあった作文を読まれる。

    An expression is worth a thousand words. Perhaps in your case, just two. と、大作家が言うシーンがある。一枚の絵は一千語に匹敵する(One picture is worth a thousand words. )ということわざに近い言いまわしで、若い作家は諭されたのだ。

    名前は?
    ジャマル・ウォレス。
    マーマレードみたいな名前だな。年は?
    16。
    16才、しかも黒人。Remarkable.
    黒人だから remarkable?俺が黒人だってことと何か関係あるのかよ。
    君は今、どうしたらいいかわからないのだろ。言いたいことをぶちまければ、私にこれをもう読ませないようにできるかもしれない。でも、この人種差別的な戯言で叩きのめされると言うなら、君という存在は何なんだ。
    ……やってられっかよ。俺はこんなゲームにはつきあわない。
    君はすでに「こんなゲーム」につきあっている。表情は千の言葉に値すると言うが、君の場合、二言程度だろう。

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    これは完全にフォレスターが正しい。リッチな親をもつ同級生たちが主人公を見下すのは、彼が黒人だからではない。彼がブロンクスに住んでいる黒人だからだ。

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    また、しばらく過去回を貼る。ブロンクス区とマンハッタン区の話。

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    執筆という技術について交わされる会話。老齢の師匠と若き弟子の魅力的なケミストリー。

    接続詞の使い方に関するやりとりで。フォレスターは、文頭に接続詞を使うことをひどい文章表現だと言う。一方、ジャマルはその使い方を擁護する。

    ジャマル「文頭に基本的な接続詞を使うと、文が際立つことがある。そして、それは書き手が意図してやっていることかもしれない」

    フォレスター「問題はそれを多用することだ。気が散るし、文章が冗長に感じられる。しかし、多くの学校で多くの教授が文頭に and や but を使うというルールを教えている。優れた作家の中には、そのルールを無視する者もいる。君も含めて」

    このような関わり方(技についてアツく意見交換をしたり)を経て。やがて、フォレスターとジャマルは深い友情で結ばれてゆく。

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    フォレスターのように彼に機会を与える者もいれば、彼を蹴落とそうとする者もいる。

    教師らの一部は、ジャマルに比べて自分が凡人であることを受け入れたくないのだろう。一生徒にこんな文章が書けるはずがない・盗作に違いないなどと、彼に言うのだ。 

    高校生の頃。まわりがまねをするから化粧を落としなさい、と何度も怒られていた。修学旅行の夜、風呂あがりの私を見た女性教師らは謝罪をしてくれた。彼女らには、気にしないで的なことを言ったが(私はそんなことに喜怒哀楽のどれもを感じないから、ただ単に大丈夫で)。していないならしていないと最初から言いなさいなどとのたまってきた1人には、爆ギレしてやった。それも、わざと怒っただけだったが。今さら軌道修正できるかどうかわからなかったが、その中年女性の人間性を教育する必要があると思ったからだ。


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    文章を書く才能は生まれつきのものなのか。それとも、教えられるものなのか。

    ジャマルは、フォレスターが目を見張るほどの才能をもちながらも、学ぶことに貪欲だ。すでに、作家としての自己認識を高くもっているが。常に、よりよい作家になりたいと願っている。フォレスターの指導を受ければ自分の力は大きく向上すると、わかってもいる。

    生まれもったものなのか育つものなのか、それは才能の定義によるのかもしれない。それが、生まれながらにしてそなわっている「愛」だとしたら、どうだろう。生涯を通じて楽しんだり追求したりする、そういう類の才能だとしたら、どうだろうか。

    生涯、積極的にたずさわり続け。その分野で成長し続けたいという願望は消え去ることなく。必然的に、伸び続ける確率が上がるだろう。

    キリスト教で言うなら、ヨハネの福音書 4:13-14、枯れることのない泉の話だ。

    イエスは答えて言われた。「この水を飲む者は誰でもまた渇く。 しかし、私が与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」

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    冒頭で、好きなことを継続する話と良い環境を選択する話を並べた。

    『小説家を見つけたら』も、それら2つがあわさったことで、長年ひきこもっていた大作家と才能をくすぶらせていた若手作家の人生が変わる話だ。

    エンディングで窓辺にあるのは、フォレスターの新作の原稿だ。ジャマルが書いた文章がその序章に使われているようだ。

    またピューリッツァー賞をとれるかはわからないが。それが世に出た時、世界がジャマルを知ることになる。

    大前提、成功の秘訣は1つではないが。

    自分によいことをもたらす何かを好み続けることが、成功の秘訣である。無理やり好むことはできないのだから、見る目があるだとかセンスがいいだとかが、土台になるが。その実行に関しては、逆に、意図してそうする必要がある。

    この「意図して」の中に、努力などが含まれる。自分によいことをもたらす自分が好きなことを、何かしらの犠牲をしはらってでも、実行するのだ。

    怖いから 傷ついたり悲しくなったりするかもしれないから だるいから めんどうくさいから お金がかかるから 時間がかかるから 損をするかもしれないから 事情があってできないから 難しそうだから 大変そうだから 結果がよいとは限らないから(当たり前だ。明日地球が滅亡したらみんなダメだ)ああだからこうだから……チャレンジしないなどが、成功を阻害する。

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    「なぜ、自分のために書く言葉は、他人のために書く言葉よりもずっと優れているのだろうか」

    フォレスターはジャマルに、このようにも助言していた。インスピレーションを待つのをやめて、とにかく書きはじめる。まずは心で書いて、頭で書き直すのは後。

    ミューズは執筆の最中に訪れるのであって、執筆前や執筆後に訪れるのではないということだ。

    これは本当に本当に本当にそうだ。私レベルにさえ、よくわかる。

    剣豪も文豪も、同じようなことを語るのかもしれないな、などと思ったりもした。


    ほんの数ステップで成功を約束する、自己啓発書の類。

    そんなことで成功できるなら、私たちはみんな、地中海のどこかでヨットにでも乗って悠々自適な暮らしをしているはずだ。

    1万時間は研究されてきた類だ。

    「成功者」のキャリアが調べられれば調べられるほど、生まれもった才能の役割は小さくなり、準備の役割は大きくなる。

    身体的能力も知的能力も向上したり衰えたりする中で、どうすべきか。

    情熱をもち続けることは、人生で最も実り豊かな決断をもたらし得る。愚かな決断をではない。自らが情熱をもてることを追求すると失敗につながるというアドバイスは、正しくない。それでも、少しは警告に耳を貸そう。私たちがもつべきものは、言わば、慎重な楽観主義である。

     
     

    紗綾

     
     
    世に溢れんばかりに出まわっている処世術や俗説に、「また同じ話だ」「ぶっちゃけこれじゃない」と感じている人へ。 行き止まり感を払拭できるような、そんな文章を目標に書いています。 読みやすいよう仕上げていますが、短い文章が好きな人にオススメできる長さではないです。 月に3~4回更新。