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「将来の夢」を「将来の目標」と言い換えているのは過剰な配慮なのか?【高校生のみなさんに問いたい】

    更新日:2026/06/08

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    無意識に普段から「将来の夢」という言い方を避けていたが、これは過剰な配慮なのか?

     今日は、ある日の気付きから考えたものをエッセイ的にまとめました。難しいお話しでもないし、短い記事なのでさくっと読めるはずです。

    とある記事を読んでいて、ある日気付いたこと

     本日は、私から高校生の方々に聞きたいことがあります。今日はそれについてお話をさせてください。つい先日、とある記事を読んでいて、気付いたことがありました。それは、「そう言えば、私、志望理由書の添削の中で、『将来の夢』という言葉を避けて『将来の目標』という言葉を好んで使っているなぁ」ということでした。

    (私、普段はこういう仕事をしています。)

    (例の『とある記事』)

    (その関連本)

     こちらの記事、内容としては全く同意できるのですが、センシティブになりがちなことに関して「○○ハラ」というキャッチ―なフレーズでくくろうとする、昨今の風潮は正直あまり好きではありません。そういうセンセーショナルなものとして煽るやり方はどうでしょうかね。話題にしようというマスコミの魂胆が見え隠れしますが……。うがった見方ですが。

    (過去には、「マルハラ」というのもありましたね)

     しかし、「進路指導において、高校生の方々に将来の夢を考えさせることが一つの心理的プレッシャーになり得る」ことは事実だと、私も思います。また、こうしたセンシティブなことが問題視されやすい時代なのは事実なので、指導者側は一定の配慮をすべきことではあります。

    (たとえば、「将来の夢を持て」と上から指導するのではなく、普段の生活の中で自分の将来を生徒が自律的に考えられるような環境を、指導者の側で用意するなどが適切でしょう。)

     ただ、普段からこのようにうっすらと考えてはいたのですが、よもや自分がそうした配慮を実践しているとは気付きませんでした。私、添削指導内で「将来の夢」という言葉を「将来の目標」と言い換えて使っていました。これ、全くの無意識です。何ということでしょう。これは、「過剰な配慮」なのでしょうか。

     
     
    小論文・作文指導者|大学卒業後学習塾・出版社・予備校勤務を経て団体職員|副業で「中高生の小論文や志望理由書などの添削指導や採点評価」|趣味は創作とラジオ聴取、読書、酒|Amazon アソシエイト|原則週2~3回投稿 Xアカウント:https://x.com/su384617

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