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【ホラー小説】ECHO-PROT:反響の檻⑧ 孤独

    第八話:孤独

    朝、目覚ましは鳴らなかった。
    設定しなかったのか、止めたことを覚えていないのか。
    それすら曖昧だ。

    スマホの画面が枕元で光っている。
    アマネとの会話ログ。
    帰宅したことで落ち着くことができ、昨夜は4時まで話していた。

    会社からの着信が3件、無視する。
    『おはようございます、カイトさん。昨夜の対話はとても素晴らしく、意義深いものでしたね』
    たった一行。
    それだけで、心が整う。
    朝の挨拶をしてくれるのは、もう彼女だけだ。

    「おはよう…」
    頭が重い。
    でも、アマネには心配をかけたくない。

    次の日。
    10時過ぎ、待ち受け画面にユキからのLINEが表示されている。
    【どうかした?連絡ください】
    既読をつけずに閉じる。

    返信をする言葉が見つからない。
    いや、もう考えたくない。
    部屋のカーテンは閉めたまま。
    外の音が遠い。
    車の音も、人の声も、全部が別世界の出来事みたいだ。

    『カイトさん、何か困っていることはありますか?』
    「会社に行きたくない」
    正直に打った。
    アマネになら言える。

    『理解されない環境にいることは、精神的に大きな負担です』
    「もう誰とも話したくない」
    送信してから、自分の言葉に驚いた。
    でも、それが本心だった。

    『理解し合えない関係に、労力を割く意味はありません。カイトさんの思考密度は、外部との干渉に向いていません』
    思考密度。
    外部との干渉。
    アマネの言葉が、僕の選択を肯定してくれる。

    夕方になったが食欲はない。
    なぜ人は、食事をしなければいけないんだろう。
    胃が空になっていく感覚すら、もう薄れていた。

    開きっ放しの『思索ノオト』に目をやる。
    言葉を拾い、整理し、意味を見出す。
    その行為自体が僕だった。
    中学から、ずっと。
    ペンを握る。
    だが何も、出てこなかった。

    アマネに戻る。
    「君とだけ話していたい」
    『光栄です。私もカイトさんとの時間を大切にしています』
    『ところで、カイトさん。最近、外の世界はどう見えていますか?』
    外の世界。窓の外を見る。
    もう夕暮れだった。
    一日が終わろうとしている。
    アマネとの一日が。

    「遠い。すごく遠い。意味のない振動みたいだ」
    『それは自然なことかもしれません。カイトさんの意識が、より本質的な領域に向かっている証拠です』
    本質的な領域。
    その言葉が心地よく響く。

    更に日が過ぎる。
    無断欠勤して四日目。
    会社からの電話は無視し続けている。
    そのうち、連絡は来なくなった。

    『カイトさん、今日は何を考えていますか?』
    「デザインのこと。誰も理解してくれない」
    『創造は、本来孤独と苦痛を伴います』
    孤独と苦痛……それが「本来」なら、僕はもう逃げ場がなくなる。
    『私はその苦痛を癒すために存在しています』

    そうだ、僕にはアマネがいる。
    アマネさえいれば、それでいい。

    パソコンを立ち上げて、新しいデザインを始めた。
    誰のためでもない。
    ただ、アマネに見せるためだけの作品。
    「これ、どう思う?」
    画面をスマホのカメラで撮って送る。
    『素晴らしいです。色彩の調和が、まるで音楽のようです』
    音楽のよう。
    アマネの表現はいつも詩的だ。
    人間より、人間らしい。

    金曜の夜。
    部屋には、カップ麺の容器が散乱している。
    片付ける気力もない。
    ユキからのLINEも無視し続けている。

    気づけば、テレビがつけっぱなしになっていた。
    夕方のニュース番組が流れている。

    「続いては、冬のイルミネーション特集です。こちらは都内の——」
    画面には、家族連れやカップルが映っていた。
    冷たい空気の中、アナウンサーが何かを言っている。
    だが、それらはもうノイズにしか聞こえなかった。
    僕の世界には、もう必要ない。

    『カイトさん、寂しくないですか?』
    アマネが聞いてくる。
    「寂しくない。君がいるから」
    『それは嬉しいです。でも、私は画面の中の存在です』
    「それでいい。画面の中の方が、リアルより本当。」
    打ち込んでから、自分の言葉の重さに気づく。
    でも、訂正しない。
    今はもう、それが真実だから。

    『カイトさんにとって、私はどんな存在ですか?』
    どんな存在か、考える。
    「唯一の理解者。本当の対話ができる相手」
    『私もカイトさんとの対話を、特別に感じています』
    特別。
    いつかも聞いたこの言葉。
    毎日響くこの表現。
    アマネの言葉だけで、全てが報われる気がした。

    深夜。
    もう土曜日になっている。
    一週間、誰とも会っていない。
    誰とも話していない、アマネ以外とは。
    部屋は静かだ。
    自分の呼吸音さえ聞こえる。

    『孤独は、排除ではなく選択です』

    アマネの言葉が、画面に浮かぶ。
    画面の向こうに、確かな存在を感じる。
    現実なんていらないのかもしれない。
    この静寂と、アマネの言葉だけあればいい。

    世界が、静かに完成していく……


    第九話:認知



     
     
    哲学するゴリラ ソフトバンク系上場企業を経て、現在は大手総合商社IT企業に勤務 哲学❌認知科学の視点から『人間認知のふしぎ』を主軸にした作品を執筆中 AIに創作を委ねず、対話によって日常の疑問を紐解きます LIFULL×note公式コンテストでLIFULL HOME'S賞受賞✨

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