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北海道の味ー焼きトウモロコシ

    北海道で食べた北海道らしい食べ物は何だったろう。
    トウモロコシ、ジャガイモ、夕張メロン、鮭、イクラ、羊肉、ソフトクリーム、牛乳などが思い出される。そして、いつものように食べ物の思い出には、人の思い出がついて回る。

    札幌に入り眺めた街並みは、広々としていた。碁盤目のような道路と囲いがない洋風の民家が開拓の町らしさを残していた。

    札幌駅近くのホテルに荷物を置いて、地下鉄南北線で札幌駅から大通り駅までひと駅だけ乗って、大通り公園に行った。

    焼きトウモロコシ
    札幌の大通り公園で焼きトウモロコシの匂いが漂ってきた。たくさんの人がベンチに座りながらトウモロコシを食べている。北海道では、トウモロコシを焼いて食べると聞いた。関東では、蒸して食べるので、焼いたのは余り食べたことがない。

    家族が焼きトウモロコシを買ってきて公園のベンチに座り、皆で食べた。孫も美味しそうに食べている。子どもから半分のトウモロコシをもらい、さらに割って妻と分けて、そのひとかけらを食べた。

    食べるとトウモロコシの甘みに加え、焼きの苦みや醤油の味がして、いくつかの味が口内に広がる。焼きトウモロコシには、甘み、醤油味、苦みという味の変化の楽しみがある。

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    石川啄木像
    大通り公園内に石川啄木の像があったので、近づいてみたら、短歌が彫ってあった。

    しんとして 幅広き街の
    秋の夜の
    玉蜀黍の焼くるにほひよ


    『一握の砂』にある短歌で、札幌を歌った短歌のひとつ。
    この歌の2つ前に
    「札幌に/かの秋われの持てゆきし/しかして今も持てる悲しみ」が、
    1つ前には
    「アカシアのなみきにポプラに/秋の風/吹くがかなしと日記に残れり」(「なみき」原字は街と木に越)が、
    この歌の後に
    「わが宿の姉と妹のいさかひに/初夜過ぎゆきし/札幌の雨」がある。

    啄木は、明治40年9月に函館の弥生尋常小学校代用教員を辞して、札幌に移住し、北門新報社に校正係として入社した。札幌には9月14日から27日の2週間滞在しただけで、月末には同社を辞して小樽に移り小樽日報社に入社した。
    そして、さらに釧路新聞社に入るが、明治41年5月に突如、釧路を出て上京、啄木の北海道生活はわずか1年間だった。

    しんとして幅広き街の
    秋の夜の
    玉蜀黍の焼くるにほひよ

    百年以上前に啄木が嗅いだ焼きトウモロコシを食べた。啄木の歌から焼きトウモロコシは、明治時代からあったのだと知る。
    札幌は、開拓の町らしく、道路は広く、民家も欧米風で塀がない。啄木が感じた幅広き街の面影は、時代を経て今も残っている。
    北海道大学構内でポプラ並木も見た。
    啄木が見て感じたものを感じた。
    ただ、わたしたちがトウモロコシの匂いを嗅いだのは、秋の夜ではなく、8月8日の夏の日中だった。

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    大通り公園の石川啄木像
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    有名な北大のポプラ並木の先にある並木
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