
掌編小説「ウェイティングハピネス」※シロクマ文芸部9/17お題「待つ時間」より
必ず訪れる幸福。
その待つ時間にこそ、人は幸福を感じるという話だ。
あの頃ーー何かと夢見がちな青臭い時代。
当時、私が住んでいたアパートで、友人とお酒を飲んで過ごしていた。
自由に溺れる大学生とは、そういうものだろう。
私は、深酒して寝入ってしまった。
どれくらい経ったのか、分からなかった。
話し声に目を覚ました。
ぼんやりとした視界の中、友人が電話をしているのが見えた。
電話越しの、くぐもった声。
それでも、私には声の主が分かった。
だって、想い人だったから。
アプローチをかけたものの、一度振られていた。
だから、長期戦をしかけようとしていた。
友人はそのことを知っていたし、応援してくれていた。
つい、聞き耳を立ててしまった私を誰が責められよう。
「で、この人、長丁場で勝負するとか言ってるから、早く決着つけてあげて!大丈夫、絶対成功するから」
前後の文脈こそ分からないが、内容から言って、前向きな会話であることが感じられた。
私は、高鳴る胸の鼓動を隠しながら寝た振りを続けた。
それからの日々は、恥ずかしいくらいに浮ついていた。
まるで、両親が押し入れに隠したプレゼントを見つけた12月の子どものように。
山が赤く染まるころ、想い人からの電話が鳴った。
「付き合ってほしい」
予定された未来が確定され、じわりと広がる温もりを噛み締めた。
ただ、私は若すぎたのだろう。
きっと、色んなものが見えていなかった。
曇りゆく恋人の笑顔に気づかなかった。
恋人の日記が、たまたま机から落ちた。
誓って言うが、見ようとは思っていなかった。
ただ、拾おうとした。
たまたま見えた開かれたページには、恋が冷めていく過程が書かれていた。
それは、私の採点表だった。
鮮やかだった世界は、その色を失っていった。
私は、日記帳を何事もなかったように戻した。
一応の抵抗はしてみせたものの、恋人の笑顔を取り戻すことは叶わなかった。
私は、自己採点で致命的なミスに気付いた学生が、教室でその発表を待つように、悲しみと焦りを先取りした。
木枯らしが吹くころ、始まりと同じく電話があった。
「距離を置こう」
それだけを告げられ、青い恋は終わった。
付き合う直前が一番楽しかった。
別れる寸前が何より辛かった。
あの痛みを、秋になると思い出す。
だから私は、秋が大好きで、大嫌いなのだろう。
必ず訪れる終わり。
人は、その待つ時間にこそ恐怖と無力感を覚えるという話だ。
こちらの企画に参加させていただきました。