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0歳から預けるのが“普通”になった日本は、どこかおかしい

    結論から言うと、0歳から子どもを預けて働くことが“当たり前”になっている現代日本は、社会の仕組みそのものが親子に無理を強いている。これは個人の選択の問題ではなく、構造の問題だと強く感じる人が増えている。

    0歳児保育が前提になってしまった社会の歪み

    本来、0歳の赤ちゃんは「親の胸の中で安心して眠り、泣き、甘える」時期だ。にもかかわらず、日本では産後数ヶ月で職場復帰を迫られるケースが多い。理由は明確で、長時間労働・共働き前提の経済構造・保育園に預けないと生活が成り立たない賃金水準が重なっているからだ。

    親は「働きたい」から働くのではなく、「働かないと生きていけない」から働く。ここにすでに矛盾がある。

    親の罪悪感と社会の無関心

    多くの親は、0歳児を預けるときに胸が締めつけられるような感覚を抱く。 「泣いているのに置いていくなんて」 「もっと一緒にいたいのに」 その気持ちは自然で、むしろ健全だ。

    しかし社会はその感情を“甘え”として扱い、 「みんなやってるから」 「保育園に預けるのは普通」 と押し流してしまう。 親の葛藤を受け止める仕組みがないまま、個人の努力に責任を押しつけている。

    本当に必要なのは「働ける社会」ではなく「育てられる社会」

    問題は、親が働くことそのものではない。 子どもと過ごす時間を大切にしたいと思ったときに、それを選べる社会になっていないことだ。

    ・収入が減っても生活できる制度 ・短時間勤務でもキャリアが断絶しない仕組み ・地域で子育てを支える文化 ・企業側の“当たり前”の見直し

    こうした土台が整えば、0歳から預けるかどうかは「親子が選ぶこと」になる。今はまだ「選べない」人が多すぎる。

    0歳児保育が悪いのではなく、“それしか選べない社会”がおかしい

    親が悪いわけでも、保育園が悪いわけでもない。 ただ、親子が自然に寄り添える時間を奪う社会の仕組みが、あまりにも冷たい。

    子どもを預けるかどうかではなく、 「親子が望む形で生きられる社会かどうか」 そこにこそ、今の日本の課題がある。

     
     
    勢いで生きてる。気づいたらだいたい面白い方向に転んでる。

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