
ムーミン谷のちいさな落としもの
秋の気配が深まったムーミン谷の森は、赤や黄色の落ち葉で敷き詰められ、まるで色鮮やかなじゅうたんのようでした。
ムーミントロールは、前を歩くスナフキンの背中を追いかけながら、カサカサと音を立てて落ち葉を踏みしめていました。少し後ろからは、黒いハンドバッグを腕にかけたムーミンママと、落ち葉の波を泳ぐようにしてピョンピョンと跳ねるリトルミイがついてきます。
「見て、スナフキン! あっちの木、真っ赤だよ」
ムーミントロールが声をかけると、スナフキンは立ち止まり、古い帽子の上から木々を見上げて静かに微笑みました。
「そうだね、ムーミン。森が冬を迎える準備を始めているんだよ」
そのとき、かさかさと落ち葉が激しく揺れる音が聞こえてきました。白樺の木の根元で、小さな毛玉のような生き物が、一生懸命に地面を引っかいています。小さなリスでした。リスの小さな耳は悲しげに垂れ下がり、今にも泣き出しそうです。
「どうしたの? 何か落としもの?」
ムーミントロールが駆け寄って声をかけると、リスはくりっくりッとした目をうるませて顔を上げました。
「あのね……冬ごもりのために集めていた木の実の中で、いちばん大きくてツヤツヤした『とっておきのどんぐり』を落としちゃったの! だけど……」
リスは小さくため息をつき、地面を指さしました。
「地面にはどんぐりがいっぱい転がっていて、目印もないから、どれが僕の『とっておき』だったのか分からなくなっちゃったんだ」
見れば、白樺の木の周りには、丸いものや少し細長いもの、同じような色のどんぐりがいくつも転がっています。
「なんだ、そんなこと!」 リトルミイがササッと割り込んできて、地面からどんぐりを一つ拾い上げました。 「どれもただの固い木の実じゃないの。お腹に入っちゃえば味なんてみーんな同じよ。どれでもいいから持って帰りなさいよ」
「そんなことないよ! 僕の『とっておき』は、特別だったんだもん!」 リスは半泣きになって叫びました。ムーミントロールはリトルミイを少し押しやると、リスのとなりにしゃがみ込みました。
「大丈夫だよ、一緒に探そう。……これは? ツヤツヤしてるよ」 「ううん、それじゃないの。もう少し大きくて……」 「じゃあ、こっちの丸いのは?」 「それも違う気がする……」
ムーミントロールがいくつか拾い上げては見せますが、リスは首をかしげるばかりです。
スナフキンはパイプをくわえたまま、静かに落ち葉の重なりや風の向きを観察していました。そして、優しく地面に膝をつくと、リスに問いかけました。
「ねえ、君がそのどんぐりを落としたとき、どんな音がしたか覚えているかい? どんな気持ちで抱えていた?」
「えっと……抱えて走っていたら、風が吹いてカサッと音がして、手からするりと滑り落ちたの。『あッ』と思って探したときには、もうどれだか分からなくなっていて……」
スナフキンはリスの記憶をたどり、落としたであろう場所を指で示して見せました。 「なるほど。じゃあ、落ちたのはきっとこのあたりだ。でも……」 スナフキンは困ったように小さく笑いました。そこには、まったく同じ形をしたどんぐりが四つ、行儀よく並んでいたのです。
「どれも似ているね。目印でもない限り、神様だって見分けがつかないかもしれない」
日が少しずつ傾き、森の中に長い影が伸びてきました。どれだけ探しても確信が持てず、リスはいよいよ涙をぽろぽろとこぼし始めました。
「どうしよう……僕の『とっておき』が、なくなっちゃった……」
そのとき、ずっと後ろで静かに見守っていたムーミンママが、そっと近づいてきました。ムーミンママは黒いハンドバッグを置くと、中からあたたかいカモミールティーが入った水筒と、小さなビスケットを取り出しました。
「さあ、みんな一度すわってお茶にしましょう。焦っていると、目の前にある素敵なものも見えなくなってしまうものよ」
倒木のベンチに座り、温かいお茶を水筒からみんなでちょっとづつ飲んでいると、冷たくなりかけていた森の空気に甘い香りが漂いました。ムーミンママは小さなビスケットをリスの手に乗せてあげると、その頭を優しく撫でました。
「ねえ、ちいさなあなた。どうしても見つからないときはね、無理に探さなくてもいいのよ」
リスは不思議そうにムーミンママを見上げました。
「でも……僕の大切などんぐりなんだよ?」
「ええ、分かっているわ」
とムーミンママは優しく微笑みました。
「でもね、あなたが落としたどんぐりは、なくなったわけじゃないの。きっとこの森が『ちょっと借りた』だけなのよ」
「森が……借りたの?」
「そうよ。雪が降って、寒い冬が過ぎて、春になったらね……あなたが落としたそのどんぐりから、小さくて可愛らしい新しい木の芽が出てくるかもしれないわ。あなたは落としものをしたんじゃないの。森に新しい命をプレゼントしたのよ」
リスは息をのんで、地面に広がる落ち葉を見つめました。自分の落としたどんぐりが、雪の下で静かに眠り、春になったら柔らかい芽を伸ばして大きな木になっていく……そんな光景が、リスの心の中にぽっと灯りのように浮かび上がりました。
スナフキンも静かに頷き、パイプの煙をそっとくゆらせました。
「それにね、君が今日から新しく選ぶどんぐりだって、明日になれば同じくらい『とっておき』になるさ。大切なのはどんぐりそのものじゃなくて、君がそれを大切に思う心なんだからね」
リトルミイは水筒のハーブティーを飲み干すと、
「フン、まあ、森が大きな木でいっぱいになるなら悪くないんじゃない」
とつぶやいて、立ち上がりました。
リスは自分の小さな手を見つめ、それからニッコリと笑いました。
「そっか……僕のどんぐり、春になったら木になるんだね! じゃあ、森にあげちゃおう!」
リスはかがみ込むと、足元にあった、ひとつぶの丸くて可愛らしいどんぐりを拾い上げました。
「そして、今日からはこのどんぐりを新しい『とっておき』にするよ!」
元のどんぐりは、ついに見つかりませんでした。地面のどこかで、今も静かに落ち葉に包まれています。けれど、リスの顔にはもう悲しい影はありませんでした。
「春になったら、みんなで新しいどんぐりの芽を探しに来ようね!」
ムーミントロールが嬉しそうに提案すると、リスは大きく頷きました。 夕暮れ色の光が森を優しく包み込む中、みんなは落ち葉の道を歩き始めるのでした。
おわり
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この作品は『ムーミン』の二次創作(ファンフィクション)であり、原作者および公式とは一切関係のない個人の創作です。
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「落とし物の持ち主」のお題に参加させていただきます。