
最初の10ページ
遠藤隆吉の著書『読書法』によると、読書は最初の10ページを精読することが大事なんだそうだ。
それにはボクも同感だ。
ボクの場合は、まず本の裏表紙を読む。
そこにはだいたい著者のプロフィールが書いてあるので、ボクはそれで著者がどんな人なのかを最初にチェックするようにしている。そして、もう1ページほどめくると、その本の出版年月や出版会社などが書かれているので、いつ頃書かれた本なのかもチェックする。
それから目次をチラッと眺めて、どんな構成になっているかを確認し、前書きへと移っていく。ボクの読む本は大半がビジネス書なので、そこ(前書き)に著者の出版への思いやそこに至るまでの詳細な経歴などが書かれていることが多いのだ。
つまりこの「前書き」部分が、ボクにとって(遠藤隆吉の言う)「最初の10ページ」にあたると言える。
申し訳ないけれど、この「前書き」の段階で読む気が失せてしまう本も多い… というのがボクの実感だ。
ただ、以前はそういう本もそのまま辛抱して読了に持ち込んでいた。だけど、そういう本はだいたいナナメ読みをしてしまい、読書記録を書こうとしても力が入らない。
そういうことを何度も経験した結果、最近は「最初の10ページ」で興味が湧かなかった本を無理に読み進めることをせず、スッパリと読むのをやめることにした。もちろん読書記録を書くこともない。
そういった類の本を、ボクは「逆積読」と呼んでいる。
そうなると、ボクが読み進めていく本は「最初の10ページ」からボクになんらかのインサイトを与えてくれる本になる。
そういう本を読むときに、ボクはしばしば手を止めてページに付箋を貼り、過去に読んだ本の記憶と照らし合わせる。そして最近では読書にAIを使う場面も増えた。ボク自身の記憶との接続の整合性を確認したり、読書から得たインサイトを基にしたアイディアやロジックなどをAIに記憶させたり、整理させたり…
ここ数か月でそんな読書スタイルが定着してきたように思う。
そうなると、必然的に読書スピードが落ちる。
今までのようにサクサク読み進めることができなくなってしまった。
効率厨のボクにとって、最初はそれ(サクサク進められないこと)がストレスだったけれど、今では新しいスタイルに慣れてきた。そしてそれに合わせて、ボクのnoteの記事は読書記録が減り、エッセイが増えるという現象が起きている。
だからと言って、読書を止めてしまったわけじゃない。
現時点でボクのデスクの足元には「逆積読」本が10冊ほど積みあがっているからな。