
【読書記録 -192】『センスメイキング』ハーバード・ビジネス・レビュー 2026年10月号
どこへ向かうべきなのかを考える
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』が創刊50周年を迎えた。
1976年の創刊から半世紀。
今回の記念号では「センスメイキング」が特集されている。

センスメイキングとは、直訳すれば「意味づけ」だ。
さまざまな情報を集め、その中からパターンやつながりを見つけ出し、今何が起きているのかを理解する。そして、これからどこへ向かうべきなのかを考える… それが「センスメイキング」だ。
今号は記念号ということもあってか、特集が2つ組まれ、経営者のインタビューもソニーグループ会長 吉田憲一郎とアイリスオーヤマ会長 大山健太郎の2名、そして異例なことに建築家の安藤忠雄のインタビューも加えられている。
あ、あと残念なことに、ボクの敬愛する入山章栄の連載『世界標準の経営理論』が最終回だ。
同タイトルの書籍『世界標準の経営理論』のあとがきによると、DHBRの連載は2014年からスタートしているとのことなので、12年も連載を続けていたということなんだなあ。
こっちの入山章栄の本は、経営に関する主要な理論を網羅的に整理し、彼の視点で体系的に解説されたものだ。経営論に興味のある方には、もちろんこの『世界標準の経営理論』を読まれることをお勧めするが、今号(DHBR2026年10月号)の琴坂将広とジョナサン・トレバーの特集2「経営戦略はどこから来て、どこに向かうのか」も興味深いので、併せてお勧めしたい。
この「特集2」は30ページにわたって、1950年代から経営理論がどのように進化し、現在に至っているのか、そしてこれから経営者が意識しておかなければならない競争優位の考え方、およびアルゴリズムとロボティクスの融合による世界の変化などについて子細に解説されている。もちろんそういった経営理論や経営戦略をどう実務に活かしていくかも含めて。
日本で唯一のビジョナリー・カンパニー
さて、今号の「特集1」は、ソニーグループ会長の吉田憲一郎へのインタビューからスタートする。
ソニーといえば、かつて日本を代表する電機メーカーだったわけだが、現在では、ゲーム、音楽、映画、半導体など、多様な事業を展開する(いわゆる)コングロマリット企業に変化している。
ジム・コリンズとジェリー・ポラスの著書『ビジョナリー・カンパニー』は、長期にわたって卓越した企業であり続ける会社の特徴を研究した本だ。
著者らはこの本において「ビジョナリー」18社と「非ビジョナリー」18社を徹底的に比較し、その経過と分析結果を克明に記載したわけだが、その「ビジョナリー・カンパニー」に日本から唯一選ばれた企業がソニーだ。
同書でコリンズらは、企業が長く繁栄するための重要な原則を示している。
ビジョナリー・カンパニーは、困難を克服できないとか、偉業を成し遂げられないとか、真に卓越した存在にはなれないなどとは、思ってもいない。
その一方で、冷静に自己批判をし、外部の世界から変化や改善を迫られる前に、自ら変化し、改善する。こうしてビジョナリー・カンパニーはどこよりも厳しく自己を批判する目を持つようになる。
このように、進歩への意欲に駆り立てられ、基本理念以外のすべてを絶えず変化させ、向上させていく。
それは、基本理念を維持し、進歩を促すことだ。
基本理念は「基本的価値観」と「目的」から構成される。「基本的価値観」は利益や目先の事情のために曲げてはならない原則であり、「目的」は単なる金儲けを超えた企業の存在理由だ。
ビジョナリー・カンパニーは基本理念以外のすべてを変化させ、向上させようとする。さらに、外部から変化を迫られる前に、自ら変化しようとする。それは、自社の可能性に強い自信を持ちながら、同時に厳しく自己批判することだ。
普通、自信があればあるほど、自分のやり方を疑わなくなるが、ビジョナリー・カンパニーはその逆の考えかたをする。
クリエイティビティとテクノロジー
ソニーの創業。
それは終戦から一年も経たない1946年5月のことだ。
創業者の一人、井深大が起草した「設立趣意書」には、会社設立の目的として以下の3つが掲げられていたそうだ。
・技術者たちが技術することに喜びを感じ、その社会的使命を自覚して思い切り働ける職場をこしらえる。
・日本再建、文化向上に対する技術面生産面よりの活発なる活動。
・非常に進歩したる技術の国民生活内への即時応用。
井深大が設立趣意書に書いた「技術者」は、現在の「クリエイター」と読み替えることができるのではないだろうか。
2019年、ソニーは(当時CEOであった)吉田憲一郎の元で、新たなPurposeを制定している。それは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」というものだ。
ウォークマンもベータマックスもPlayStationも、ソニーはテクノロジーを使って、それまでになかった体験を生み出している。
現在、ソニーは電機メーカーからエンタテインメント企業へと変わった。しかしそれは、その根底にある基本理念 ー人が自分の能力を発揮して、新しい価値を生み出すことー は変えず、基本理念以外のすべてを変化させた結果であるようにも思えるのだ。
三角測量して地図を描き直す
今回の特集で、MIT教授のデボラ・アンコーナは、優れたリーダーが自問すべきこととして、三つの問いを挙げている。
・何が変わったのか
・もはや通用しない仮説はどれか
・何か見落としてはいないだろうか
アンコーナは、センスメイキングを「地図作り」に例えている。
顧客、サプライヤー、専門家、同僚、現場の声に耳を傾け、同時に技術、経済、政治、社会の変化にも目を向ける。それはいわば三角測量だ。三角測量とは、2つの異なる地点の情報を基にして、(三角形の性質を利用して)直接測ることが難しい遠くの地点までの距離や位置を求める測量方法だ。

そして三角測量に重要なのは、情報収集から一歩引くタイミングを作ることだ。集めた情報をそれぞれに評価するのではなく、そこに潜むパターンやつながりを見つけ出さなければ地図を作ることはできない。
吉田憲一郎がCFOに就任した2014年当時、ソニーは非常に厳しい状況にあった。テレビ事業では10年間で8000億円の赤字を出し、テレビ事業の分社化、PC事業から撤退。創業以来初の無配当にも踏み切ったそうだ。
経営危機に陥ったとき、多くの経営者は目の前の問題を解決しようとする。売上が落ちれば営業を強化し、利益が減ればコストを削減する。
しかしソニーは、経営危機の真っ只中で「立ち止まって三角測量を行う」ことを選んだように見える。彼らは、個々の主力製品の売り方ではなく、それらの位置づけを見直し、すでに持っていた音楽、映画、ゲーム、半導体などの事業との関係性を測り直したのではないだろうか。
基本理念という北極星
建築家の安藤忠雄は、本号のインタビューの中で以下のように述べている。
無駄をなくし、効率よく成果を上げようとすること自体は悪いことではない。私自身、その考えには大いに共感するところがある。しかし、人生まで効率で測ろうとすると、ずいぶん味気ないものになる。失敗を避け、遠回りを嫌い、最短距離ばかり探していては、思いがけない出会いも、新しい発想も生まれない。
建築は完成して終わりではない。
それは数十年にわたって街の中に存在し、存在することで人々の暮らしと関わり続け、関わることで少しずつ変化していく芸術だ。そして優れた建物は地図の中で重要なランドマークとなる。
それは企業経営にも似ている。
経営者は「社員の視点」と「顧客の視点」を基準に現在地を測り、環境の変化に合わせて地図を描き直していかなければならない。
ただし、自分たちが進むべき方向を示す「基本理念」という北極星は見失ってはならないのだ。
参考リンク
Amazon:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2026年10月号│創刊50周年記念号