
【読書記録 -187】アジフライの正しい食べ方
ボクは浅田次郎のエッセイが好きだ。
ご本人にはとても言えないが、彼の長編小説は読んだことがない。あまり歴史小説は好きじゃないのだ。まあ、今後彼にそんなことを伝える機会もないだろうけど。
浅田次郎のエッセイが面白いと思ったきっかけは、ANAの機内のシートポケットに挿してある「翼の王国」という名の雑誌だ。ちなみに、最近見かけないなと思っていたら、コロナ禍以降徐々にデジタル化・ペーパーレス化に移行していたそうだ。
彼のエッセイのなにが面白いといって、それは語彙と文体にあるだろう。
『アジフライの正しい食べ方』
こちらは、JALの機内誌である「SKYWORD」に連載された40篇が収録されているエッセイ集だ。

本書は「旅欲」という3000字くらいのエッセイで始まるが、冒頭からこんな文体でスタートする。
人は煩悩のかたまりである。
仏の教えによれば、「貪」「瞋」「痴」「慢」「疑」「見」の根本煩悩なるものがあり、それらに伴って俗に「百八煩悩」とか「八万四千の煩悩」と言われる無数の煩悩があるらしい。
なるほど、とわかったような顔をしたいところだが、全然わからん。
早い話が、ひとは煩悩のかたまりなのである。すなわち欲のかたまりなのである。
あー、最近のパソコンじゃ変換すらできない!
パソコンならまだ何とかなるが、iPhoneだったら変換候補にすら出て来ない漢字だろう。
しかし、その語彙と文体が良いのだ。
ボク自身が書く記事も、よく「エッセイっぽいよね」と言われるが、さすがに記事内に「カームダウン」なんて表現をしたことはない。
ということは、私は幼い時分から父に怯え、長じてからは乱暴狼藉を押しとどめ、かつ母を労り慰めて、てめえが酒を覚える暇がなかった。のみならず、そうした理屈に合わぬ努力をおのれに強いる酒を憎んでいたのである。
そう思うと全然納得がゆかぬ。酒癖の悪かった父母のせいで、私はかけがえのない人生の悦楽を知らぬのか!
カームダウン。
もっともらしい仮説である。なんとなく小説家的でもある。
カームダウン。カームダウン。
自分自身に「落ち着け」と言い聞かせているのだ。
さすがにプロだなあと思う。
真似したくても真似できない。
それがボクが浅田次郎のエッセイが好きな所以なのだ。
参考リンク
Amazon:アジフライの正しい食べ方