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口笛

    ボクの父方の大叔父(祖母の兄)は、ボクが生まれるずっと前に亡くなっている。だからボクはその人のことを知らない。

    以前、祖母に聞いた話によると、大叔父は若いころ尺八奏者だったそうだ。ボクがその話を聞いたのが子供の頃だったので、大叔父の尺八演奏が本業だったのか趣味のものだったのか聞き漏れてしまった。祖母も他界してしまった今となっては、もう確認するすべがない。

    尺八のルーツをたどると、奈良時代に遡る。
    当時、遣唐使らによって雅楽の楽器として日本に持ち帰られたものだそうだ。しかし、平安時代に雅楽の編成から外され、しばらく歴史の記録から消えてしまうという憂き目に遭う。

    その後、江戸時代に「普化宗(ふけしゅう)」という禅宗の一派の僧侶(虚無僧)たちが、尺八をお経を唱える代わりの「法器(ほうき=修行の道具)」として使い始めたそうだ。つまり、尺八を吹くこと自体が座禅と同じ悟りへの道であるとする「吹禅」の思想が生まれたそうだ。


    そういえば、今年の初めに座禅体験に行った。

    なかなかタイミングが合わず、その後お寺には行けてないが、禅の考え方はとても気に入っている。

    禅というと「日常の雑念や我欲から離れて、座禅などによって自分の心と体を完全に一体化させる状態を目指すこと」などと書かれることが多いので、なんとなく難しいもののように思われがちだが、ティク・ナット・ハンの『怖れ:心の嵐を乗り越える方法』を読むと、そんなに難しく考えなくて良いのかもしれないという気になってくる。

    ま、ザクっというと、人は「目指すべき将来」を強く持ちすぎてしまうと、そこに達成しないかもしれない・・・・・・という不安を抱えてしまう。だから、一日に10分でも「今の自分(の呼吸)」に集中する時間を作ろう、というような内容だ。

    本当にそうだと思う。
    ビジネスシーンにおいても、心を病む人の多くは「将来の目標と現在の自分との差分をどう埋めるか」というプレッシャーに耐えられなくなることが原因だとボクは思っている。

    たとえばそれが、自分で納得して置いた目標ならまだしも、ロクな説明もされずに誰かに置かれてしまった目標だったりした日にゃ、そりゃさもありなんという感じだ。


    尺八を吹くためには、自分の呼吸をコントロールしなければならない。

    今から出そうとする音に集中し、その音のために必要な量と長さの息を吹き込まなければ管楽器の演奏はできない。そのためには、吹き込むのに必要な量の息を、適切なタイミングで吸わなければならない。そして(どんな管楽器でも同じことを言われるはずだが)その呼吸は腹式呼吸であるべきだ。

    だから、尺八が禅と結びついたんだろう。
    呼吸に集中することは、今に集中することでもあるのだから。

    そう考えると、楽器を使う必要すらないじゃないか。
    口笛でも吹いて「目標なんてさ」って言ってみればいい。

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