
仮置きスペース
ウチの奥さんにひとつ不満を言うとするなら、使い終わった食器やカトラリーを無差別にキッチンのシンクに突っ込むとことだ。
食器だけでなく、フライパンや鍋、まな板まで突っ込んでいる場合もあるので、皿や茶碗類がジェンガのように不安定に積み上がっていることも多い。
ボクはそれがすごく嫌いなのだが、言うと確実にケンカになることが分かっているので、絶対言わないことにしている。これも日常を平和に過ごすための一種の処世術なのだ。
これまでに何度か苦言を呈したことはある。
あれでは食器が割れてしまって怪我人が出るかもしれないし、そもそも洗い物がしづらいではないかと。しかし、彼女の言い分は「私は今洗い物をしたくない」「どうせ私がやるんだから怪我をするのも、洗いづらいのも自己責任だ」とのことである。
ボクは見かねて洗い物をする。
食器だけでなくシンクの隅まで舐めるように。
もちろん、当てつけのように思われてはいけないので、彼女がいない時を狙ってだ。まあ、元を正せば大人数でパーティーを開催できるようなダイニングキッチンを有した家に住むほどの甲斐性がないボクのせいでもあるかもしれない。
ものごとの捉え方の違いなんだろう。
最近はそんなことを思うようになった。
おそらくウチの奥さんは、シンクを「仮置きスペース」と考えているのだろう。だけどボクはシンクを「作業スペース」と捉えている。
その違いは料理をするかしないかなんだろう。
彼女は毎日料理をするが、ボクはほとんどすることはない。念のため皆さんに伝えておくが、ボクは決して料理ができないわけではない。若いころには飲食店で厨房のアルバイトをしていたこともあるのだ。ただ、結婚してからはほとんどキッチンに立つことはなくなった。それは彼女の料理が優秀だからだ。
つまり彼女にとっては、普段調理をするときに使う「ワークトップ(シンクの右側のスペース)」が作業スペースであって、シンクはその補助をするための仮置き場、もしくは「生ゴミ三角コーナーの延長部分」に過ぎないのだろう。
一方、ボクにとってはワークトップのほうが仮置き場だ。
コーヒーを淹れるときのケトルの仮置き、冷蔵庫の豆乳をグラスに注ぐとき、電子レンジで冷凍ブロッコリーを温めすぎて「熱っち!」と言って皿を置くとき… 思い返してみるとそんなことにしかワークトップを使う機会がない。
だから、ボクには洗い物がメインタスクでしかないので、シンクが作業スペースとなり、彼女には調理がメインタスクであることによって、ワークトップが作業スペースであり、シンクは仮置きスペースという認識になるんだろう。
そう、ものごとの優先順位は、その人の立場やコンテクストによって異なるのだ。
それは家庭内だけでなく、仕事の場面でも同様だ。
ボクは社内のクラウドの共有フォルダを「仮置きスペース」と考えている。だから、サブフォルダを細かく区分したくない。ざっくり大きな括りにしておいて、そこに仮置きとして(場合によってはバックアップとして)ファイルを格納しておきたいのだ。
SOP(Standard Operation Procedure)はいずれスタンダードではなくなるし、マニュアルはすぐ陳腐化するものだ。ボクはそれよりもファイル名にわかりやすいルールを設けたい派なのだ。そうすればクラウド内のどこにあってもすぐ検索することができるからな。
だけど、その考えは理解されないことが多い。
往々にして、クラウド内に細かいフォルダを無数に作って「ほら!こんなに複雑な階層にしましたよ!」というヤツのほうが(一時的には)評価されるものだ。どのフォルダにどんなファイルを格納すべきかを一覧にしたSOPを作ることになって、そのサブフォルダ一覧を探し出すのに時間を食うことになっても。
いつだって組織というものは、みんなで等しく辛苦を舐めることのほうを尊しとするものなのだ。