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【読書記録 -188】ノルウェイの森

    ボクは読書量が多いほうだと自負している。
    今年に入って読んだ本に通番を振って記事にしているが、もう200冊が目前だ。

    だがボクは、若いころにSFとミステリーに傾倒し、大人になってからはビジネス書ばかりを読んでいるので、いわゆる「名著」と呼ばれる小説をすっ飛ばしてここまで来てしまった。

    しかも、webの発達によって、読んでなくてもある程度内容を把握することができる時代になってしまった。試しにChatGPTかGeminiに何かの本の内容を要約させてみるといい。かなりわかりやすく、ポイントを押さえて出力してくれるはずだ。そのまま書評としてnoteに掲載できるようなものを。

    義務教育の国語の教科書も原因を作っているだろう。
    太宰治も芥川龍之介も、国語の授業の中で初めて触れたことによって、自主的に読んでいた夏目漱石や宮沢賢治とは違うカテゴリーに入れてしまっていたような感覚がある。ボクの中では…


    だから、今になって名著を読み直している。
    本書『ノルウェイの森』もそんな読みそびれていた一冊だ。

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    ボクは本作をAudibleで聴いた。
    朗読は妻夫木聡だ。

    これまで何作もAudible作品を聴いてきたが、妻夫木聡はあえて登場人物ごとに声色を替えることをせず、淡々と一定のリズムで朗読しているように感じた。それが本作の世界観を際立たせているように思う。

    世界観といえば…

    本作の前に(同じくAudibleで)ハリーポッター全作を読んだ(聴いた)が、あっちは一気に世界を拡げ、割と高いところから俯瞰していたような印象だったのに比べ、こちらはゆっくりと低空飛行しながらセンテンスの機微を拾っていくような印象だった。そして登場人物もさほど多くない。

    比較的小さな世界の中で、日常が淡々と進んでいく。
    なんとなく『吾輩は猫である』に似てるかもな… そんなことを思ったりした。まあ、あちらの作品には、人が死んだり(猫は死んだけどね)SEXしたりするような描写はないけれども。


    一般的に「村上春樹は、独特の比喩表現がすごい」と言われるけれど、ボクはあれは比喩というより「接続」なんだと思っている。要は、世界のあらゆることへのオマージュなのだ。

    例えば、ワタナベとレイコとの会話。レイコの「昨日はどこまで話したっけ?」という質問に対し、ワタナベは「嵐の夜に岩つばめの巣を取りに険しい崖を登っていくところまでですね」と冗談めかして返す。それは「この人との関係は希少価値が高いが、気を付けないと大怪我をするぞ」という暗喩のように聞こえる。

    また、ミドリから「私のことどれくらい好き?」と聞かれたとき、ワタナベは「世界中のジャングルの虎がみんな溶けてバターになってしまうくらい好きだ」と返している。このセリフがなんのオマージュかは説明するまでもあるまい。これも「ステキなものを我先に独占しようとすることへの戒め」を含ませたセリフなんじゃないだろうか。

    本作には、どんでん返しや伏線回収の類がほとんど見られない。ただ淡々と登場人物たちの日常が過ぎていくのを、高度3mくらいのところからちょっとシニカルに眺めているような感覚だ。

    誰だってメシを食い、睡眠をとり、排泄し、SEXし、身近な誰かを好きになり、身近な誰かと諍いを起こし、身近な誰かを亡くし、身近な誰かから離れていく。

    それらは身近だけど、ある意味特別な出来事だ。
    そして、それらは誰にでも起きる出来事だ。

    だけど、そういった出来事に一喜一憂するのではなく、ちょっとだけ俯瞰でとらえて、自分がリスペクトする何かと接続してみるのもいいもんだ。

    そんな風に感じた作品だった。

    参考リンク

    Amazon:ノルウェイの森

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