
空想観察日記(その3)
その男は都営三田線の御成門駅で乗ってきた。
ブルーの細身のシングルスーツ。
スーツはシングルなのにチラッと見えてるベストはダブルだ。
スーツなのに金ボタンで、目を引くのは5連の袖ボタン。そして先の尖った茶の革靴。ベルトも同系色で合わせてある。
年の頃は30代くらい。ティアドロップのサングラスをかけていたのでよくわからなかったが、おそらく外国人のように見える。
「イタリア人っぽいな…」
そんなことを思いながらボクは電車の吊革につかまっていた。
御成門駅から少し歩くと、汐留イタリア街がある。
汐留イタリア街(汐留シオサイト5区)は、イタリアの街並みをテーマに再開発されたエリアで、中心の広場周辺には飲食店やホテルが集まり、ドラマのロケ地や撮影スポットとしても人気なんだそうだ。
都営三田線は神保町へ向かう。
確か、九段下に「イタリア文化会館」っていうちょっと目を引く建物があったはずだ。そこにはイタリア語学校が併設されている。
彼はイタリア語学校の先生だろう。
毎回お洒落なスーツで講義をする人気講師だ。
日本の文化が大好きで、日本に旅行に来てそのまま住み着いた。だけど日本の語学講師の給与はそんなに良いほうではなく、且つ物価高だ。やむなく昼間は汐留のイタリア街のカフェでアルバイトをし、夕方からイタリア語を教えるという生活を送っている。
日本人の彼女と始めた日本文化を発信するYoutubeの再生回数が伸びてきて、このままいけば動画収益が入ってくるかもしれない。だけど撮影にも編集にも時間を割かなければならなくなり、なかなかゆっくり休む時間が取れないのが目下の悩みだ。
「リポソが懐かしいな…」
ティアドロップサングラスの奥で、彼はそんなことを考えているのかもしれない。