
【読書記録 -195】『任せる技術』ハーバード・ビジネス・レビュー 2026年11月号
任せることと育成すること
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2026年11月号の特集は「任せる技術」だ。

今回の特集には4本の記事が収録されている。
キヤノンの御手洗冨士夫と、P&Gジャパンの木葉慎介のインタビュー、そしてマサチューセッツ工科大学のエルズベス・ジョンソン、ミシガン大学のリンディ・グリーアらの論説などだ。
インタビューを読んでいると… キヤノンは、経営幹部の育成において、これまでの実績に加えて、利他性や使命感、当事者意識を重視する。一方でP&Gは、若手のうちから大きな裁量を与え、実際の仕事を通じて人材を育成しているように見える。
つまりキヤノンは、育成してから仕事を任せる方針、P&Gは仕事を任せることで人を育成する方針のようにボクは感じたのだ。
そうすると、以下の問いを解かなければならない。
育成してから任せるべきなのか。
任せてから育成するべきなのか。
権力と責任
ボクの周りでは、部下に仕事を任せることを「権限移譲」と呼ぶ人が多い。
権限移譲とは、上司が自身の持つ業務上の権限や意思決定の一部を、部下や従業員に任せるマネジメント手法のこと。漢字をその通りに読むならば「権限」を「移し」て「譲る」ことだ。
ボクは「権限委任」という表現をすることが多い。こちらは「権限」を「委ねて」その使う範囲を「任せる」ということだ。
権限とは、ある事柄や役割について「行ってよいとされる範囲」や、それを「決定・実行する資格や能力」のことを指す。つまり、権限は誰かが範囲を決め、その範囲内で何かを判断(もしくは実行)する権利や権力を作り出す(もしくは与える)ことから始まるのだ。
そして当然、その「権利・権力」には「責任」が付いてくる。
PowerとResponsibility
英語で考えてみると、少し印象が変わってくる。
権限移譲(もしくは権限委任)に相当する英語に「Delegation」がある。その語源となる「delegate」は、動詞では「委任する」、名詞では「代理人」や「代表者」という意味を持つ。
権力は英語で「Power」だ。
Powerには何かを成し遂げる能力の意味も含まれる。
権限委任の文脈で言い換えるなら「Empowerment」という表現が適切かもしれない。仕事を任せるだけではなく、部下が自律的に判断するために必要な情報や裁量を与え、本人が力を発揮できる状態をつくる必要があるからだ。
責任は「Responsibility」と訳す。
Responsibilityはラテン語のrespondere(応答する)を語源としている。そこから転じて「割り当てられた実務を計画通りに実行し、やり遂げること(遂行責任・実行責任)」などを表す単語となった。
ドラッカーは、組織の成果を「組織の外(顧客や社会)に生み出された変化・貢献」と定義した。Responsibilityが成果に対する責任なのであれば、それは「顧客や社会に対して変化を生み出したかどうか」で測るべきなのだ。
CanとShould
EmpowermentとResponsibilityを整理してみよう。
それらの目的は、どちらも「誰かを変化させる(誰かが変化する)こと」だ。
Power(権力)は、誰かを変化させるために、できる(Can)ことを指し、Responsibility(責任)は、誰かを変化させるために、やるべき(Should)ことを指す。
ここでいう「誰か」は、顧客でも、部下でも、同僚でも、社会の誰かでもいい。そう考えると、Delegationの良し悪しは、CanとShouldのバランスによって決まるのではないだろうか。
例えば、部下に「このプロジェクトの責任者は君だ」と言いながら、予算も人員も意思決定権も与えない上司がいるとするなら、それは「Should」だけを渡して「Can」を渡していない状態だ。
成果が出なかった場合、上司は「任せたはずだ」と言い、部下は「権限がないのに」と言うだろう。
逆のケース… Can(権力=「役職」と言ってもいいかもしれない)ばかり与えて、Should(何を変化させる「べき」なのか)が曖昧な場合、そのEmpowermentは上手くいかないだろう。
Delegationには、CanとShouldの両方が必要なのだ。
任せる前に、何を話し合うべきか
前述のケン・ブランチャードは『1分間エンパワーメント』の中で「3つの鍵」について説いている。
第1の鍵:情報の共有:正確な情報はエンパワーメントにおける「通貨」だ。業績やコストといった機密情報を全社員と共有することは、相手を信頼しているという強力なシグナルになる。情報を隠すことは社員に「信頼されていない」という無力感を抱かせ、無責任な態度を助長する結果につながる。
第2の鍵:境界線による自律の促進:自律には「土手(境界線)」としての枠組みが不可欠だ。ビジョン、価値観、目標、役割を明確に示すことで、社員のエネルギーを四散させず、ベクトルを揃えることが可能となる。境界線は制約ではなく、エネルギーを加速させるためのガイドラインなのだ。
第3の鍵:セルフマネジメント・チームの育成:リーダー自身が階層思考を捨て、チームが自ら計画、実施、管理を行う体制へ移行することが重要だ。チームの発展には「方向づけ」「不満」「解決」「成果発揮」という4つの不可避な段階があるが、リーダーはそれらの各段階に応じて支援の手法を変えなければならない。
情報が共有されなければ、何ができるのかも、何をすべきなのかも判断できない。自律性がなければ、自分でShouldを見つけることも難しい。チームが機能しなければ、個人のCanにも限界がある。
今回の特集の後半の論文では、上司が仕事を任せられない理由や、意思決定ルールが機能しない要因について論じられている。それらを読み解いていくと、CanとShouldの認識が上司と部下の間で一致しているかどうかが重要だと理解できるだろう。
最初の問いに戻ろう。
育成してから任せるべきなのか。
任せてから育成するべきなのか。
おそらく、それはどちらでもいいのだ。
大切なのは、その順序ではなく、CanとShouldについて、上司と部下がどれだけ議論できているかなのだと思う。
何ができるのか。
何をすべきなのか。
仕事を進めるうちに、できることは増えるし、やるべきことも変わっていく。だから、一度合意したら終わりという話でもない。
任せる技術とは、仕事を渡す技術ではなく、CanとShouldの共通認識をつくり、更新し続ける技術なのではないだろうか。
参考リンク
Amazon:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2026年11月号