
【読書記録 -179】目標という幻想
目標と戦略
目標は「到達すべきゴール(Where / What)」を指し、戦略は「そこに到達するための道筋や資源配分の方法(How)」を指す。
本書『目標という幻想』の著者 ケネス・スタンリーとジョエル・リーマンは、進化的アルゴリズムやAIの研究に長年携わってきた研究者だ。
本書は、著者がそういったAI研究の中で気付いた「目標を設定しないことで、むしろ価値ある結果に至る(オープンエンドネス)」というコンセプトについて解説した本だ。

本書の中で、(ボクの体感で)著者が100回以上説いているのは「目標は探索を欺くことがある」という主張だ。本書には、このたった一つの主張を、いろいろな角度から、いろいろな例を挙げて書かれている。(ちなみにボクはそういう本が大好きだ)
しかし、ボクが最も興味を惹かれたのは、260ページにわたって書かれた本文よりも、その後の付録の方だった。それは「付録1: 自然進化の再解釈」と「付録2: 目標とAIの探求」の2つだが、本書を読む方は、ここにたどり着くために本文260ページを辛抱強く読み進めることをお勧めしたいと思う。
マイケル・ポーターの言っていたこと
目標と戦略は密接な関係にある。
それは、その2つがWhere / WhatとHowの関係にあるからだ。
たとえば、現在の売上が3億円の会社が「5年後に10億円」という目標を掲げる。すると、来年は4億円、その次は5億円とマイルストーンを置き、その達成に必要な営業活動や人員、設備などを考えていくだろう。
マイケル・ポーターの『競争戦略論』を紐解くと、第2章「戦略とは何か」の中で、彼は「戦略と業務効果は違う」と説いている。
業務効果とは、競合他社と同じような活動を、より速く、安く、上手く行うことだ。一方、戦略は他社とは異なる活動に宿る。そして、その違いを維持するためには、何をやり、何をやらないのかというトレードオフが必要になる。
つまり、戦略とは今やっていることを、より上手くやろうとすることではなく、競争環境を観察し、どこで(Where / What)、どのような(How)活動をするのかを選ぶことなのだ。
では、
目標を置き、そこへ向かって一直線に邁進することを「戦略」と言っていいのか?
本書『目標という幻想』の問いはそこに集約されていると言っても過言ではないだろう。
目標へ向かう道は一直線ではない
著者らはAI研究を通じて、あらかじめ目標を設定し、そこへ近づくことを評価しながら探索する方法が、必ずしも優れた結果を生み出さないことに気づいた。
本書の主張を理解するには、立体的な迷路を想像するとわかりやすい。
その迷路には「出口」という明確な目標がある。その出口は今の場所から目視することができる。しかし、そこに向かうためには周囲に浮かんでいる飛び石(足がかり)に飛び移っていかなければならない。もちろん、中には飛び移れないような距離の足がかりがあったり、壁で行く手を阻まれたりする。そんな奇妙な迷路だとしよう。
出口が右方向にあるなら、できるだけ右へ進んだ方がよさそうに思える。ところが、その道の先は行き止まりかもしれないし、次の足がかりが遠すぎて届かないかもしれない。
逆に、一度出口から遠ざかる左側の道へ進んだ方が、最終的には出口へたどり着けることもある。
つまり、目標へ至る足がかりは、目標へ向かって一直線に並んでいるわけではないのだ。
ところが目標を置くと、ボクたちは目標との距離で「ひとつひとつの足がかりを評価」し始める。
目標に近づく足がかりは「良い」。
遠ざかる足がかりは「悪い」。
その結果、本当は(出口に辿り着くために)重要だったかもしれない足がかりを、自ら捨ててしまうのだ。
手近な足がかりに飛び移る
思い返してみると、ボク自身もいろいろ寄り道をして今に至っている。
もし、一直線にここまで来ることができていれば、おそらく5分の1くらいの年数で今の状態になったことだろう。だが、人生という迷路は奇妙なものだ。
前々職時代にボクと上司の折り合いが良かったら、ボクは次の仕事に進む決断をしなかっただろうし、前職時代に社を揺るがすような大トラブルに巻き込まれなかったら、今の職に就くことはなかったろう。そして、今の仕事に就いてからでもまあ似たようなもんである。
本書が説いているのは「非目標駆動型探索」だ。
それは、目標を置かずに周囲を見回し、制約の範囲内で良さそうな足がかりに飛び移ってみるということだ。
その考え方は、付録で語られている生物の進化を考えるとわかりやすい。
世の中に存在する生物は、どれ一つとして「人間になる!」という目標を目指して進化していない。それは、人間が生物の最終進化形(目標)ではないからだ。人間は生物が進化した先のひとつでしかない。
そして、中には何億年も進化せずに生き残っている生物も存在する。その環境で生き残れるなら、無理して別の足がかりに飛び移る必要がないからだ。
しかし、環境が変わったり、同じ資源を求める競合が増えたりすれば、それまで生き残れていた生物が淘汰されることもある。その一方で、異なる環境に適応したものが生き残り、結果として別のニッチへと広がっていく。
つまり、生物を動かしている大きな力の一つは、遠くに置かれた目標ではなく、生き残るための制約なのだ。すべての生物は遠い目的地に向かっているのではなく、生き残るための足がかりを探して、手近なところに飛び移ることによって進化してきたのだ。
目標を捨てるということ
マイケル・ポーターも「目標に向かって一直線に邁進せよ」とは言っていない。
彼は「競争環境を観察し、他社とは異なる活動を選び、トレードオフによって自社のポジションを維持せよ」と説いている。
そう考えると、戦略とは遠い未来に目標を置き、そこまでの道筋を描くことだけではないのかもしれない。
周囲を見回し、制約を確認し、いま飛び移れる「良さそうな足がかり」を直感で選ぶのだ。もし、良さそうな足がかりがなければ、今いる場所に留まっていてもいい。もちろん、今いる足がかりが頑丈で安全であるなら、無理に飛び移る必要もない。
どこへ辿り着くかはわからない。
だけど、その繰り返しによって、最初に目標を置いたときには想像することすらできなかった場所へたどり着くことがある。
本書『目標という幻想』の帯には、以下の(一見矛盾した)メッセージが書かれている。
最高の目標を達成するには、それを捨て去る覚悟が必要だ。
オープンエンドネスとは、遠くばかりを見るのをやめて、いま自分の周囲にある足がかりに目を配ることなのだ。
参考リンク
Amazon:目標という幻想