
たとえ”名前”がついても娘は娘。
こんにちは、感受性強め主婦のソラです。
以前、娘に診断がおりたことについて少し書きましたが、今回はその後の話について、また少し書きたいと思います。
娘には”診断名”がつきました。
でもだからといって、日常の生活はストップしてくれないので、私も夫も普通に生活していましたが、やはりお互いショックを受けていたのは間違いなく…。
私はもともと少し抜けた処があるのですが、それに更に磨きがかかってトンチンカンな事をしばらくの間、気が付いたらしていました。
夫は夫で、割とキチッとしている性格なのに、お風呂にバスタオルを持って行き忘れたり…
結婚してからそんな事、一度か二度?あったかないか位なのに、1週間のうちに3回も。(笑)
夫でもそんな風になるんだ…と少し意外に思いながら、でも、やっぱり人間そんなに強くないよね…って思えました。
それからある程度時間も経って、ようやく色々落ち着いた頃、ふと思ったんですよね。
私も夫もちょっとずつ確実に疲弊してるけど、
考えてみたら診断名を言われただけで、娘自体はその前と後で何も変わってないんだよね…と。
別に娘は診断がおりた日に自閉症になった訳でもないし、その前から既にそうであっただけで、私達がこれまで一緒に生活してきた娘は診断の前も後も、一切何も変わらず、そのまま娘なんですよね。
そんなことを考えていたら、
昔観た映画の『GO』を思い出しました。
在日コリアンの高校生の主人公が、
家族や友人、そして恋愛を通して…様々な人と関わりながら、”自分”と向き合っていく物語なのですが。
窪塚洋介演じる主人公が、映画の中で、柴咲コウ演じる”彼女”に「俺はエイリアンでも良いよ、でも俺は自分をエイリアンだなんて思ってねえからな」っていうようなシーンがあって、
全然話は違うし、国籍とか人種の話でもなんでもないんですが、なんとなく、この映画のワンシーンを思い出しました。
娘はきっと自分の事をそんな風に思ってないだろうし、娘がなんであろうと、私達の娘である事にはかわりないんですよね。
当たり前の事なのに、急に”名前”がついたってだけで、怖がって…。
でもそれもしょうがないですけど、
”分からない”って、
やっぱり怖いんだなって思いました。
そういう”分からない”ことを、ひとつひとつ分かっていけるように、ただ娘と向き合っていくしかないんですよね。
まだまだ障害受容なんて程遠いくらい、前向きな気持ちになれない時もありますが、
それでも、こうやって思えたことだけでも、少し前進というか……。
それまでの靄は、少し晴れたのかなって思いました。
今日は久しぶりにいいお天気のところが多いみたいですね。
恵みの雨ならぬ、恵みの晴れを大事に過ごしたいですね。
それでは、今日はこのへんで。
みなさんにとっても、いい一日になりますように。