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分からせなくていい。(第三段) 終。届く人には、これも、届く。

    『前置き:一見すると意図のわからない投稿に、目を止めてくださったあなたへ。

    ありがとうございます。

    第一段、第二段と合わせて読んでいただけると、届く人には届くと思います。
    強制ではありませんので、
    どうぞごゆるりと。』

    その人にしか見えない光

    私は、あなたは、
    なぜ、書くのか。
    なぜ、読むのか。


    分からせたいわけではない。説得したいわけでも、認められたいわけでもない。

    私は、

    一段目で、それは手放した。

    二段目で、数の話でもないと知った。

    では、なぜ書くのか。
    では、なぜ読むのか。

    塔を、思い浮かべる。


    本を積み上げた、細い塔だ。
    読んだもの、
    書いたもの、
    見送ったもの。

    一冊ずつ積んで、その上に立ってみる。

    低いところでは、空が見えなかった。
    正確には、見えていた空が

    「本物かどうか」

    分からなかった。

    みんなが「きれいだ」と言う空を、
    私もただ「きれいだ」と思っていた。

    少し積み上げて、気がついた。
    それは、
    「よくできた描き割りの空だったかもしれない」
    ということ。

    もっと積んだ。
    描き割りを、突き破りたかった。

    破った先に、光があった。

    ここで、大事なことを書いておきたい。

    その光は、私が見たものだ。


    私が積んだ塔の高さから、私の角度で見た「その瞬間の光」。
    同じ場所には、誰も立てない。
    だから誰にも、完全には説明できない。けれど、確かに見た。

    そして、あなたの塔から見える光は、
    私のものとは違う。


    あなたが積んだもので、
    あなたの高さから、
    あなたにしか見えない光がある。

    それは、他者の光より低いわけでも、
    高いわけでもない。

    比べるものではない。

    ただ、違う光だった。

    だから、
    人の塔の高さを、見なくて「いい」。

    「あの人のほうが高く積んでいる。」

    「あの人のほうが、たくさんの人に見られている。」

    そういう声は、いつも別の場所から聞こえてくる。

    けれど、その声は、

    あなたの光を見たことがない。

    見えるはずがない。
    あなたの積み上げた塔の上には、

    あなたしか立っていないのだから。

    高く積むことには、
    少しだけ寂しさもある。
    そのことは、正直に書いておく。

    けれど、その寂しさは、
    「光を見たことの代償」で、
    見なかったことにはできない。

    見てしまった光は、もう消えない。

    だから、書く。

    分からせるためではなく。
    数のためでもなく。

    その瞬間、私にしか見えなかった光を。

    確かにあったと、書き残すために。

    あなたも、書いて「いい」。

    あなたの塔から、
    あなたの光が見える日まで。

    わかる人には届く。
    わかる人には、光がみえる。

    一文字ずつで、「いい」。

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    書くこと、読むことを
    積むという。
    その積み上げの上には、
    あなたしか立てない。

    ※note界のみの話ではありません。
    特定の批判、否定でもありません。

    ワタクシゴト…
    まだどこにも投稿していない執筆中の小説は、相当深く重いようです。
    まだ執筆中ですが、過度に心配されてしまう程に重いそうです。
    それでも私が得てきた経験から、その物語を書き続けたい覚悟です。

    届く人に残るものだから。

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    現役医療介護経営者。カクヨムにて小説・エッセイを、心理とヒューマンドラマを軸に書いています。制度やエビデンスがすくいきれない感情の重さを、物語の形にすることに特化。「正しさ」と「痛み」の狭間に残るものを届けます。 連載・寄稿・書籍化のご相談、お仕事のご相談はDMにてお気軽に。

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