
ターナーをまったく知らない人間が、ターナー展に行った意味。
上野にあるターナー展に行きました。
まず私は美術関係に詳しくありません。特に西洋美術は、世界史専攻でなかった私には余計に未知の世界です。
日本史専攻でしたので、大学受験で日本史をかなり勉強しましたが、日本史でさえ頭から飛んでしまいました。
そんな私がターナー展に行ったのは、解説を読んでターナーという芸術家について知りたかったからです。
そしていつも、お気に入りの絵を探します。
本屋で面白そうな本を探すときのワクワク感に似ていて、どの絵が私は好きなのだろうと本気で考えます。
約700円の音声ガイドを聞いている人間はごく僅かで、意外にもほとんどの人が何も聞かずに歩いていました。ヘッドフォンをつけながら歩いていると、よりターナーの世界観に浸れるような気分でした。
解説を聞きながら見ると時間がかかりますが、ターナーのこだわりや自然への畏敬に触れ、これだけたくさんの絵を生涯で描いた人生なのだと感じました。
ターナーは海や山の自然、人間の業、光の表現を描くことに優れていて、さまざまな絵を描いていました。
自然や人間の恐ろしさを、ターナーは絵で表していました。
自然(海)の恐ろしさを光と波の表現で表したり、イギリスの奴隷船「ゾング号」の乗組員が、保険金をだまし取る目的で約133人ものアフリカ人奴隷を生きたまま海に投げ捨てて殺害した事件(『ゾング号事件』)を描いた絵画や映像作品を残したり。
※映像作品の展示は、撮影NGでした。少し不気味で、恐ろしく感じました。
晩年、ターナーは抽象的な絵を描くようになり、評論家に「境界線が曖昧」「未完成の絵」と批判されながらも、自身の追い求める理想を追求し続けていました。だから生涯、ずっと絵を描き続けられる一握りの画家になれたのかもしれません。
私が個人的にとても好きな絵は、入り口から入り真っ先に目に入る、月と海の幻想的な絵画です。
撮影禁止の場所でしたが、暗い部屋のなかで美しく輝いて見えました。

部屋が暗いのは、ターナーが客人に見せる際、部屋をわざと暗くして、自身の絵が最も美しく見える明るさにしていたからとのことでした。
美術館は展示の仕方一つをとっても、画家に対する敬意と畏怖を感じます。
音声ガイドを買うと少し高くつきますが、その画家を知ってから鑑賞すれば、ただ解説をざっと読むよりも、何倍も楽しいのではないかと思います。他にもたくさんのことを聴けたので、とてもお勧めです。
ターナーはよく旅をするため、旅先でいつでも道具を持ち歩ける水彩画も描いていたとのことでした。
ターナーのように、常に道具を持ち歩き、美しい風景も恐ろしい自然の姿もカタチに残し続けられれば、やがて名前が知られていく可能性もあるかと思います。
描かなければ何も残らない、
表現しなければ”ない”に等しいのではないかと、思い知らせてくれるのでした。

※ターナーの絵画を元にした版画。絵画はボストン美術館にあるようでした。
1879年頃展示。

↑1835〜40年頃展示

↑1811年展示

↑1844年展示