
最終日、私への小言が止まらなかった。—19年かけて築いたものの正体
「肩が凝ったらどうすればいいんですか!?」
笑いをこらえながら頭を下げた。
最後の挨拶回りで、まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかった。
最後の5分間
退勤まであと5分というところで、リハ助手のお姉さんたちに捕まった。
長い人では19年以上、一緒に働いてきた人たちだ。
ねぎらいの言葉から始まったが、すぐに崩れた。
昔の失敗をいじられ、しょうもない私の部分を指摘され、終始小言を言われているような時間だった。
でも、嫌な感じは全くなかった。
相互理解の上で成立する漫才のように、時間が過ぎていった。
ずっと笑っていたと思う。
挨拶回りのランキング
各部署を回った。
「今日で最後の勤務になりました。お世話になりました。」
頭を下げて、顔を上げると、笑顔があった。
返ってくる言葉にも、ちゃんと傾向があった。
第3位「残念です。でも次でも頑張ってください。あなたならどこに行っても大丈夫!」
第2位「お疲れ様でした!次の職場でも頑張ってください!」
そして、栄光の第1位。
「これからどうすればいいんですか!? PCが壊れたら、リハのことで相談があったら、Drに聞きづらいことは、肩が凝ったら、腰が痛くなったら——」
笑いしかでてこなかった(笑)。
ただ、本当に途方に暮れている人はいなかった。
それらの言葉の後ろに、こんな空気を感じた。
「大丈夫。あなたがいなくても、みんなでどうにかするね。」
背中をそっと押してくれるような、そんな優しさだった。
あの頃の誓い
若い頃、仕事で悩んで辞めてしまいたくなった時期がある。
やりたいことができなかった。
経験不足でさせてもらえないこともあった。
純粋にやりたくないことをやらされていた時期もあった。
色々あった。
でもその時、自分にこう言い聞かせた。
「今辞めても、誰も困らない。それなら、いなくなって困る人間になって辞めてやる。」
怒りと悔しさから生まれた言葉だった。
格好いい誓いでもなんでもない。
ただの、意地だった。
19年後に返ってきたもの
最終日の挨拶回りで気づいた。
「いなくなって困る」という言葉は同じでも、中身が全然違う。
あの頃想像していたのは、無責任に去っていく人間へのなじりだった。
「あいつがいなくなって困った」という、迷惑の文脈。
でも返ってきたのは、愛のあるいじりだった。
笑いながら、でも本気で、惜しんでくれている声だった。
本当のところはわからない(笑)。
でも私はそう受け取った。
19年かけて築いてきた信頼の証だと。
あの頃辞めなくて、正解だったと思う。
やりたいことができなくて悔しかった時期も、経験不足を痛感していた時期も、全部あって今がある。
辞める理由なんて、いつだって揃う。
でも、続ける理由は、後からしかわからないことが多い。
あなたが今「辞めたい」と思っているなら、一度だけ聞いてほしい。
いなくなって、誰かが困る人間になってから辞めるという選択肢は、あるか。