
文化の日って何の日?
まもなく11月、霜月を迎えます。
そして来る、11月3日。
そう、みんなが知っている「文化の日」です。
でも、何の日かって説明できるでしょうか?
実はこの日は、明治天皇がお生まれになった日でもあります。
かつては「天長節」、のちに「明治節」として祝われ、戦後は、日本国憲法が公布された日として「文化の日」になりました。
今日は、そんな激動の時代に生きた明治天皇を、少しご紹介したいと思います。
時代は、江戸から明治へ。
断髪令をきっかけに、ちょんまげを切る男性が増え、洋服や帽子、靴を身につける姿も広がっていきました。
教育の仕組みも変わり、米などで納めていた年貢も、お金で納める税へ。
暮らしの土台が、大きく変わっていきました。
毎日を数える暦さえ、旧暦から新暦へ。
明治5年12月2日の翌日が、明治6年1月1日になりました。
この時代には、暦づくりなどを担ってきた「陰陽寮」も廃止されています。
欧米に学び、新しい国をつくる。
その変革の中心にいた明治天皇は、こんな歌を残されています。
いそのかみ
古きてぶりを
のこさなむ
改めぬべき
こと多くとも
「改めるべきことが多くても、古くからの習わしは残したいものだ」
そういう意味の歌です。
変わりゆく時代の中で、残しておきたいものがある。
僕にはこの歌から、そんな願いと、変化への寂しさや危機感も感じられます。
現代でも、そうじゃないでしょうか?
便利になった。
でも、何を残すかは考えているだろうか。
コスパ、タイパ。
安く、速く、無駄なく。
薪に火をくべなくても、火が使える。
スイッチを押せば、明かりがつく。
僕も毎日、その便利さに助けられています。
ただ、「時間がかかる」「面倒くさい」という理由だけで手放すには、惜しいものがあります。
料理なら、出汁をひくこと。
誰かのために、おむすびを握ること。
季節の行事に合わせて、いつもと違う食卓を用意すること。
手間の中には、相手を思う時間があります。
毎年の繰り返しの中には、子どもの心に残る景色があります。
僕らが省いているのは、作業だけなんだろうか。
「これ、昔はおばあちゃんが作ってくれてな」

そんな一言から、亡くなった人の話が始まることもある。
自分が教わったことを、今度は誰かに教える。
一緒に手を動かして、失敗して、笑う。
面倒くさいことを、楽しみに変える。
そんな豊かさも、文化なんやと思うんです。
僕らは便利さと引き換えに、何かを失ってはいないでしょうか。
明治の急な変化の中でも、知識や技術を学ぶ一方で、受け継いできた道徳が軽んじられているのではないか、と心配する声がありました。
そうした背景の中で生まれたものの一つが、「教育勅語」です。
親を大切にすること、友人との信頼、博愛などを説くとともに、天皇への忠誠も求めた文書でした。

教育勅語の内容は、次の話で丁寧に触れたいと思います。
なぜなら僕は、人間社会において「教育」がいちばん大事だと思っています。
何ができるか。
どれだけ知っているか。
それと同じくらい、どんな心で、その力を使うのか。
それは学校だけでなく、毎日の食卓や、大人の振る舞いからも伝わっていくものだと思います。
「古きてぶりを、のこさなむ」
古いものを、何でも残せばいいわけではありません。
今の暮らしに合わせて、変えていくことも必要です。
だからこそ、手放す前に一度、その意味を知りたい。
皆さんには、少し手間がかかっても、次の世代に残したいことがありますか。
僕は、誰かを思って料理する時間と、それを一緒に食べる喜びを残したい。
文化の日。
皆さんは、日本のどんな文化を、そして何を残したいと思いますか?