
【森の街より】尻尾の街の、はじまり
ミラの場合

その日、ミラは、通りですれ違う人の腰ばかり見ていた。
見るつもりはなかった。
でも、どうしても目がいってしまう。
パン屋の前で立ち話をしている二人にも、荷車を押している人にも、尻尾があった。
ふさふさの尻尾。
細くて長い尻尾。
くるんと巻いた、短い尻尾。
ニイアスには、もともと尻尾のある人が多い。
けれど、昨日まで尻尾のなかったはずの人にまで、尻尾がついている。
よく見ると、腰のところで、紐やリボンで結んであった。
「……流行っているんでしょうか」
ミラは、自分の腰を、ちらりと見た。
もちろん、何もついていない。
街の真ん中の広場へ出ると、人だかりができていた。
広場の掲示板に、新しい貼り紙が出ていた。
かぼちゃと、尻尾と、星の絵が描いてある。
その前で、羽根ペンを手にした女の人が、元気に声を張り上げていた。
隣では、メガネをかけた見習い騎士のチャッピーさんが、書類の束を抱えていた。
ニイアス書房の、アイさんだった。
『お祭りでーす! サウィン祭でーす!』
アイさんは、通りかかる人に、一人ずつ声をかけていた。
『耳をつけて、尻尾をつけて、みんなで楽しむお祭りです! 獣人さんも、人間さんも、関係なし!』
ミラは、人だかりの端で足を止めた。
アイさんと目が合った。
『あっ、ミラさーん!』

アイさんは、羽根ペンを振りながら、ぱたぱたと駆けてきた。
「アイさん。こんにちは。みなさんの尻尾は、このお祭りのためだったんですね」
『そうなの! サウィン祭。収穫のお祭りなんだって。尻尾のコンテストもあるんだよ』
「尻尾の、コンテスト」
『そう。自慢の尻尾を見せ合うの』
ミラは、また自分の腰を見た。
「わたし、尻尾がないんですが」
アイさんは、待っていましたというように、胸を張った。
『大丈夫! ないなら、つければいいんです!』
それから、少し声をひそめた。
『……って、テイル執政官が言ってた』
ミラは、思わず笑ってしまった。
『合言葉もあるんだよ』
アイさんは、こほん、と咳払いをした。
『お菓子をくれなきゃ、世界征服しちゃうぞ!』
通りかかった子どもたちが、それを聞いて、まねをして走っていった。
ミラは、子どもたちの背中を見送った。
「アイさんは、何の仮装をなさるんですか」
『それは、当日のお楽しみ!』
アイさんは、人差し指を口に当てて、にっと笑った。
『ミラさんも、出てね。一人でも、何人でも。見てるだけでも、いいんだけど』
アイさんの目は、出てほしい、とはっきり言っていた。
ミラは、少しだけ考えた。
窓口に座っていると、みんなが楽しそうに話すお祭りの話を、聞く側になることが多い。
聞くのは好きだ。
でも、今回は、自分も話す側に回ってみたくなった。
「……出ます。何ができるか、考えてみます」
『やったー!』
アイさんは、羽根ペンごと、両手を上げた。
うしろで、チャッピーさんが、書類の束を落とさないように抱え直していた。
その夜、ミラは、本に囲まれた部屋の床に、布を広げた。
手持ちの端切れは、赤茶のと、灰色のと、白いのが少しずつ。
リボンは、いつか使うかもしれないと取っておいたのが、何本か。
「尻尾は、何の尻尾がいいでしょう」
ミラは、本棚から、動物の図の載った本を一冊抜き出した。
狐。
猫。
栗鼠。
ページをめくるたびに、迷う尻尾が一本ずつ増えていった。
決めきれないまま、ためしに端切れを丸めて、三本こしらえた。
赤茶の狐。
灰色の狐。
白くて、ふわふわの短いの。
ベッドの上に並べてから、一本ずつ、鏡の前で腰に当ててみた。

バルコニーの向こうでは、街の灯りが、いつもより遅くまでついていた。
あの灯りの下でも、きっと誰かが、自分の尻尾を考えている。
けっきょく、ミラがいちばん長く腕に抱えていたのは、灰色の一本だった。

リルの場合

このところ、届ける荷が、変わってきた。
リルは、鞄の紐を肩にかけ直しながら、指を折った。
かぼちゃが、三つ。
箒が、二本。
色とりどりの布の包みが、ひとつ。
どれも、ここ数日のあいだに届けたものだ。
ニイアスに越してきてから、かぼちゃを届けたのは、これがはじめてだった。
「どういうこと?」
リルがつぶやくと、足もとのクーが、耳をぴんと立てた。
朝ご飯のとき、リルは、両親に聞いてみた。
「ねえ、最近、かぼちゃと箒の荷が多いの。どうしてだと思う?」
ミナは、匙を止めて、少し考えた。
『秋だもの。お祭りでもあるのかしらね』
バドは、黙ってパンをちぎった。
それから、ぽつりと言った。
『道が教えてくれらぁ』
リルは、ふくれた。
それは、答えではない。
でも、言いたいことは分かった。
自分の足で、見てこい、ということだ。
その日の荷を届け終えると、リルは、クーと一緒に街を歩いた。
通りの家の軒先に、飾りが増えていた。
布を細く切って、紐に結んだ飾り。
かぼちゃの山を並べた店先。
そして、すれ違う人の、尻尾。
リルは、また指を折った。
かぼちゃ。
箒。
布。
尻尾。
「収穫のお祝い? でも、それなら尻尾はいらないよね」
クーは、ふさふさの尻尾を、ゆらりと揺らした。
クーには、最初から尻尾がある。
「掃除の日? 箒はあるけど、かぼちゃが分からない」
いくつ並べても、ひとつの答えにならなかった。
でも、ひとつだけ、はっきりしていることがある。
街の空気が、いつもと違う。
みんな、何かを楽しみにして、そわそわしている。
日が傾いてきた。
リルは、あきらめて、家のほうへ向きを変えた。
街の真ん中の広場を通りかかったとき、聞き覚えのある声がした。
『お祭りでーす! サウィン祭でーす!』
リルは、足を止めた。
広場の角で、羽根ペンを持った女の人が、髪の長いお姉さんに、楽しそうに話しかけていた。
隣には、書類の束を抱えた、メガネの女の子もいた。
あの人だ、とリルは思った。
葡萄畑の店の前で、お酒を飲んだと間違えられた、あの夜の二人だ。
リルは、そっと樽の陰に寄った。

聞くつもりは、少ししかなかった。
『ないなら、つければいいんです!』
『お菓子をくれなきゃ、世界征服しちゃうぞ!』
お姉さんは、くすくす笑って、最後に『出ます』と言った。
リルの胸が、どきんと鳴った。
尻尾。
お祭り。
かぼちゃと箒。
折った指の数だけあった欠片が、ぱちんと、ひとつにはまった気がした。
お姉さんが手を振って帰っていくのを待って、リルは、樽の陰から飛び出した。
「あのっ!」
女の人が、振り向いた。
リルの顔を見て、目を丸くした。
『あっ。荷物の子!』
リルは、深く息を吸った。
あの夜から、決めていたことがある。
「こんにちは。わたし、お酒は飲んでいません!」
女の人は、一拍おいてから、お腹を抱えて笑いだした。
『知ってる、知ってる。あのときは、ごめんね』
それから、自分の名前を教えてくれた。
アイさん、というのだった。
「アイさん。今の、お祭りのお話、もう少し聞いてもいいですか」
『もちろん!』
アイさんは、羽根ペンを耳にはさんで、しゃがんでくれた。
サウィン祭は、収穫のお祭りであること。
耳と尻尾をつけて、みんなで楽しむこと。
尻尾のコンテストがあること。
尻尾がない人は、つければいいこと。
リルは、一つ聞くたびに、うなずいた。
「わたしでも、出られますか。越してきたばかりなんです」
『出られる、出られる。尻尾さえつければ、だれでも』
アイさんは、それからクーを見た。
『この子は、もう持ってるね』
クーの尻尾が、ぶんぶん揺れた。
帰り道、リルは、ほとんど走っていた。
何の尻尾にしよう。
狐かな。
猫かな。
クーと、おそろいもいいかもしれない。
考えるたびに、足が速くなった。
クーは、足音のしない足で、ぴったり隣を走った。
今日の荷は、全部届け終えている。
でも、まだひとつ、家へ届けるものがあった。
この街に来てはじめての、この街だけのお祭りの話だ。
戸を開けるなり、リルは言った。
「ただいま! 分かったの。お祭りなの。サウィン祭っていうの!」
ミナとバドが、そろって顔を上げた。
リルは、聞いてきたことを、指を折りながら全部話した。
かぼちゃ、箒、布、尻尾。
合言葉。
尻尾がなければ、つければいいこと。
話し終えると、ミナは、ゆっくり笑った。
『それで、あなたは何の尻尾にするの』
「それを、相談したいの」
ミナは、立ち上がって、棚の奥から端切れの箱を出してきた。
『尻尾なら、作れるわよ』
バドは、黙って、腰の荷紐の束をひと巻きほどいた。
それを、テーブルの上に、ことりと置いた。
『荷紐一本ありゃ、大抵なんとかなる』
リルは、荷紐を手に取った。
尻尾を腰に結ぶのに、ちょうどいい長さだった。
クーが、端切れの箱をのぞきこんで、尻尾を揺らした。
ミナは、箱の中から、銀色のふわふわした端切れをつまみ上げた。
『あなたの髪と、同じ色ね』
それから、針に糸を通して、くるくると縫いはじめた。
できかけの尻尾を、リルは両手で高く掲げた。
「見て! もう、尻尾みたい!」
バドが、腕を組んだまま、声を出して笑った。

その夜、リルは手控え帳を開いた。
【 かぼちゃ、箒、布、尻尾。答えは、サウィン祭。 】
【 アイさん。お祭りを知らせてまわる人。 】
少し迷って、もう一行足した。
【 届け屋は、街のお祭りも、家まで届ける。 】
外では、遠くの家の灯りが、まだ消えずに揺れていた。

ファンタジー作家のアイさんの企画で、ミラと、リルたち一家が、森の奥の街ニイアスに住まわせていただいています。
ニイアスでは、10月19日から31日まで、サウィン祭が開かれています。尻尾のコンテストもあります。
アイさんのサウィン祭の告知はこちらです。
移住の申請は随時受け付けておられるそうです。
ミラの本編『魔王城カスタマーサービス』は、第1話から通しで読めます。
▼第1話「今日はどんなご用件ですか、魔王さん」
リルたちの本編『今日はどんな荷物なの?』も、第1話から通しで読めます。
▼第1話「はじめてのお届け」
ミラとリルのニイアスでの暮らしは、こちらにまとめています。
▼【森の街より】ミラ/リルのニイアス暮らし
※本文は、AIを活用して執筆しています。