
#創作記録📒短編小説のようなもの|(1,211文字)
みなさま
こんにちは🌞
【#創作記録】
今日描いたイラストや、ふと思いついた物語を記録してみませんか?
途中のラフや、ひとことメモでも大丈夫 創作のプロセスや積み重ねを残しておきましょう。
動画とコミックと文字で書いてみました📝
「櫛に残った言葉」
街のはずれ、夜の雨に煙る楼に、ぽつりと灯りがともっていた。
棚に並ぶ古い帯や欠けた茶碗は、持ち主が戻る日を待っている。
人々はそこへ、持ち続けるのがつらくなった品を預けに来る。
この楼では、それらを「忘れもの」と呼んでいた。
夜更けには、品に込められた、伝えられなかった一言が浮かぶことがあるという。
楼主が茶を淹れると、湯気が行灯の明かりにほどけた。
戸が鳴り、髪結いが片づけの手を止めた。
「また、傘を忘れたのか?」
戸口には、濡れた肩の侍が立っていた。
時折、楼の見回りを手伝う顔なじみだ。
「これを、預かってくれ」
懐から取り出した布包みには、端の歯が一本欠けた、古い木の櫛があった。
侍は卓に置いた後も、布の端を指で押さえていた。
楼主は櫛を受け取らず、温かな茶を前へ置いた。
「まず、座りなさい」
侍は湯気を見つめ、やがて口を開いた。
「母のものだ。俺が刀を持つのを、最後まで嫌っていた」
侍になる前、母と口論になった。
「好きにしなさい」
それが最後に交わした言葉だった。
遠征先で訃報を聞き、戻った時には、もう声を聞くこともできなかった。
墓へ供えるつもりで持ち出しても、途中で引き返した。
捨てることもできず、櫛だけが懐に残った。
「持っていると、あの言葉を思い出す」
「捨てたいわけではない。俺が持たない方が、いい気がするだけだ」
髪結いは、欠けた歯を指先で確かめた。
「ずいぶん、手に馴染んでいるね。少し、手を入れてもいい?」
侍がうなずくと、髪結いは柔らかな布で汚れを落とし始めた。
布が櫛を滑る音に、侍は母の膝に座っていた朝を思い出した。
母は欠けた歯を指で覆い、髪を梳かしてくれた。
「暗くなる前に帰っておいで」
梳き終えるたびに言う母へ、生返事をして、戸口を飛び出したものだった。
「髪を梳かす時も、うるさい人だった」
言ってから、侍は口を閉じた。
手入れを終えた櫛が、行灯の下に置かれた。
橙色の明かりの中、飴色の木肌に、細い墨の線がじわりと滲み出した。
――どうか、無事に帰っておいで。
侍は顔を近づけた。
文字をなぞる指が、欠けた歯のところで止まった。
「……怒っていたのも、本当だろうな」
「そうかもしれないね」
髪結いは答え、櫛を侍の方へ向けた。
「……まだ、帰ってこいって言うのか」
楼主は何も言わず、冷めかけた茶を注ぎ足した。
やがて文字は薄れ、櫛は元の木肌に戻った。
侍はしばらく見つめた後、自分の手で布に包んだ。
「預けるのは、やめる」
楼主はうなずいた。
「朝になったら、墓へ行く」
「では、お茶をもう一杯」
楼主が急須を持ち上げると、髪結いも空の茶碗をそちらへ差し出した。
侍の口元がわずかに緩んだ。
夜明け、雨の上がった門を、侍は櫛を持って出ていった。
楼主は空いた席の茶碗を下げ、棚に並ぶ預かり品へ目をやった。
その夜、楼に預けられた忘れものは、ひとつもなかった。
以上
よろしくお願いいたします_φ(・_・☘✨🍀