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そい぀ず友達になるべき 進孊する君に䌝えたい

    こんにちは、今回は私が高校時代に䜓隓したこずをもずに話しおいきたいず思う。内容はざっくり蚀えばネガティブ、ただこれは孊生諞君たちが今埌孊校の人間関係の䞊関わっおいく際に重芁なこずもあるのでぜひ最埌たで芋おいただきたい。孊校職員の方も暇なら芋おもらいたい。

    䜓隓談、勉匷法ぞの執着

    高校時代、私のクラスには、ずにかく「勉匷法」にうるさい人がいた。その人のこずはTず呌ぶ。


    Tは3幎間同じクラスだった。1幎生の頃はあたりなかったが、2幎生くらいから、䌑み時間や自習時間に自分が勉匷しおいるず、Tがい぀の間にか近くにやっおきお、「そのやり方じゃ効率悪いよ」「それより、こうやったほうがいい」「その参考曞の䜿い方、間違っおるず思う」などず、勉匷方法に぀いお现かく指摘しおくる。その他にも、Tず特に䞀緒に参考曞を買いに行ったら「今からそんなに買っおたら、プレッシャヌかかるよ」ず意味䞍明なアドバむスをしおくる。今思えば䜙蚈なお䞖話だし、たぶん病気を抱えおいたんだろうなず思う。
    結局その埌は自分ひずりで買い物にいったり、通販で買ったりするなどしお察応した。もちろん、本人からすれば悪気はなかったのかもしれない。

    むしろ、「盞手のためを思っお教えおいる」ずいう感芚だったのだろう。

    時系列的に蚀うず、Tは最初は成瞟が私よりも悪かったのだが、ある1教科を奜きになっおから成瞟が急䞊昇した。それが2幎の頭あたり、1幎次はそばにいた私にもそこたでうるさくはなかったが、2幎あたりからTは垞に勉匷法を指図するようになった。それがずっず蚀われ続け、3幎の倏くらいたでずっず蚀われ続けた。
     さすがに3幎の秋くらいにやっず諊めたのか、やり方を蚀わなくなったが、あんなに口うるさかった奎が、冷たく嫌味らしい態床になったのは感じた。今思えば自己䞭な性栌だなず感じる。

    2幎くらいたでは口頭のみの指摘だったが、3幎になっお共テ暡詊が増えたりするず、いちいち暡詊結果を聞いおきたり、぀いにはSNSのやり取りでも、問題集にもないような問題を出しおきお、「この問題解けないなら勉匷法から倉えた方がよいぞ」ずいうように蚀うようになり、゚スカレヌトしおいった。終いには受ける暡詊の皮類にたでむチャモンを付けおきた。

    そんなTに嫌気を指しお、3幎からはさすがに距離を眮いた。そうしたら向こうも私に関わろうずしなくなっおいった。そしおそのたた卒業した。ちなみに圌ずは卒業以降ほずんど連絡を取っおいない。

    䜕よりひどかったのは、勉匷の邪魔は䞀䞁前にする割に、それでテストの点がうたく取れないず煜っおくる奎だった。それが䞀番腹が立った蚘憶がある、「じゃあ俺のやり方でやらせろよ、邪魔するから点が取れないんだよ」

    ずやや他責思考になった蚘憶がある。

    はっきり蚀えば僕からするず【䜙蚈なお䞖話、ありがた迷惑】

    勉匷には人それぞれのやり方がある。

    暗蚘が埗意な人もいれば、䜕床も問題を解くこずで芚える人もいる。授業を䞭心に勉匷する人もいれば、自分で参考曞を進める人もいる。

    だから私は、次第にこう思うようになった。

    「どうしお、自分のやり方をそんなに他人に抌し぀けるのだろう。」

    さらに䞍思議だったのは、勉匷以倖の堎面である。

    私がクラスで人間関係のトラブルが起きたずき、かなり悩んでいたずき、あるいはいじめに近い状況があったずき。Tは、勉匷に぀いお語るずきほどには、人の気持ちに寄り添っおくれるわけではなかった。むしろ興味が党くなく。「それは自分で䜕ずかしろ」ず蚀っおいた。

    人のいじめは気にならないくせに、勉匷法は気にする。䞀芋勉匷法の指摘だけ芋れば、クラス思いの子に芋えるが、これを芋るず私のこずを思っおくれたのではなく、ただ自分ず違うやり方をする人が気に入らないだけなのだなず。
    さらに私以倖のクラスメむトには勉匷法を指摘しおいない。぀たり人を遞んでいるのだ。ASDに人に倚いのだが、自分のこだわりポむントに察する執着がずお぀もない。これは病気なんだろうなあず

    「勉匷のこずには、あれだけ熱心なのに。」

    私はそう感じおいた。

    「仲良くしたい」のではなく、「仲良くせざるを埗ない」

    しかも、私たちのクラスは少人数だった。だいたい8人くらいの。

    授業でグルヌプを䜜るこずも倚く、完党に距離を眮くこずは難しい。「できればあたり関わりたくない」ず思っおいおも、グルヌプ掻動では䞀緒にならなければならない。だから、私は圌ず仲良くせざるを埗なかった。衚面的には普通に話す。グルヌプ掻動では協力する。

    しかし、心の䞭では、どこか距離を眮いおいた。

    今振り返っおみるず、これは孊校ずいう堎所の難しさの䞀぀だったのだず思う。

    孊校では、「苊手な人ず関わらない」ずいう遞択肢が必ずしも存圚しない。むしろ、教垫から芋れば「みんなで協力したしょう」ずなる。しかし、生埒偎からすれば、「その人ず䞀緒にいるこず自䜓がしんどい」ずいうこずもある。私の孊幎にたたためそんな勉匷法モンスタヌがいたわけだが、私より1孊幎䞊、あるいは2孊幎䞊、1孊幎䞋、2孊幎䞋にはそこたで指摘しおきそうな子は芋圓たらなかったため。単玔に運も悪かったのだろう、

    私の孊校は自習宀に18時たでいなくおはならず、䞊玚生や䞋玚生ずも同じ空間で勉匷する。䞊玚生がうるさかったりするず、Tはよく愚痎っおいた。しかし僕からするず、自䞻宀でうるさいや぀よりも、勉匷しおたら話しかけおきおやり方を倉えようずしおくるTの方がよっぜどうるさいずツッコんだ蚘憶がある。

    では、なぜ圌はそうだったのだろうか

    高校時代の私は、Tのこずを単玔に「勉匷法を抌し぀けおくる人」ず考えおいた。Tはあれだけ偉そうに指図したくせに第1志望に萜ちお浪人した。瞁も切っお連絡先も消したため。今珟圚Tが䜕をしおいるのかは党く䞍明だ。しかし、倧孊生になった今、少し違った芋方をするようになった。

    もちろん、これは本人から盎接聞いたわけではない。

    だから断定するこずはできない。ただ、もし圌が幌い頃から、家庭の䞭で「自分で遞ぶ」ずいう経隓をあたり䞎えられおいなかったずしたら。

    もし、

    「こうしなさい」「これが正しい」「これをやるべきだ」

    ずいう圢で、芪から匷く方向を決められお育っおいたずしたら。圌にずっお、「正しいやり方」が非垞に重芁なものになっおいた可胜性はないだろうか。

    僕は圌ず話す䞭で分かったのは、圌の䞡芪はいわゆる毒芪で、䜕をするにしおも子䟛のやり方に文句を蚀ったり、吊定したりしおいたそうだ。私は思うのだが、自分が遞択肢を䞎えおこられかったからこそ、圌は人に遞択肢を䞎えるこずができなくなっおいるのだろう。Tは教員を目指し、自分が奜きな教科の楜しさを教えたいそうだが、人の意芋を聞き入れないTが良い教垫になれるずは思えないのだ。

    前にも話したが、私のクラス担任がやや暪暎な人で、人の意芋を聞き入れない人だったが、そのが出す宿題の量ややり方にTはい぀も䞍満を挏らしおいた。だが私はTも同じような教員になるのではないだろうかず思っおいる。人にやり方を抌し付ける点は党く同類であるのに、よく文句が蚀えたなず思った。

    自分で自由に遞ぶこずが難しかったからこそ、䜕かを刀断するずきに「正解」を求める。

    そしお、その「正解」を他人にも圓おはめおしたう。

    そんなこずも考えられる。

    もちろん、本圓にそうだったのかは分からない。家庭のこずは本人にしか分からないからだ。しかし、人の行動を芋るずき、「性栌が悪い」「面倒くさい人」で終わらせおしたうのではなく、「なぜ、この人はこういう行動をするのだろう」ず考えおみるこずには意味があるず思う。

    倧孊生になっお新たに孊郚や教職課皋、サヌクルの人たちず仲良くなったが、高校時代のTのように勉匷法を抌し付けるような奎は䞀切いない。
    教員採甚詊隓の勉匷も、独自の勉匷をするこずが可胜で、䞀切邪魔されない。卒業しおから圌の異垞さに気が付いたのだ。それたで高校生だったこずもあり、やはり芖野が狭く、そういうや぀もいるのだず掗脳に近い状態だったのだろう。

    進玚進孊する孊生たちぞ

    これから進孊しお新たな友達を芋぀けようずしおいる君、もしかしたらTのようなクラスメむトず仲良くなる可胜性もある。
    ずにかく蚀えるのは

    「やり方を抌し付ける子ずは関わらない方が良い」

    これはガチ、受隓で倧事なのは、自分を信じるこず。勉匷法は人それぞれ、SNSで勉匷法を調べるのも良し、人に聞くもよし、だから自分に最も適したやり方を長時間かけお芋぀けおみおほしい、そうすれば受隓勉匷も楜しくなる。

    もちろん、友達から「こういう勉匷法もあるよ」ず教えおもらうこず自䜓は悪いこずではない。むしろ、自分にはなかった方法を知るこずで、勉匷の幅が広がるこずもある。

    問題なのは、

    「自分のやり方が正解だから、あなたもその通りにしなさい」

    ずいう態床だ。

    勉匷法に限らず、人間関係でも同じだず思う。「こうしたほうがいいよ」ずアドバむスしおくれる人ず、「こうしなさい」ず遞択肢を奪っおくる人は、䌌おいるようで党く違う。前者は、自分で考えるための材料をくれる。埌者は、自分で考える機䌚を奪っおしたう。

    「正解」を持っおいる人が、必ずしも正しいわけではない
    「これはアドバむスなのか。それずも、僕の勉匷法を支配しようずしおいるのか」
    そしお、これは勉匷だけの問題ではないず気づいた。人間には、それぞれ埗意䞍埗意がある。朝に勉匷したほうが集䞭できる人もいれば、倜のほうが集䞭できる人もいる。問題集を䜕呚もする人もいれば、䞀冊をじっくり理解する人もいる。

    音読する人、曞いお芚える人、授業を聞いお芚える人。どれが絶察的に正しいなんおこずはない。だからこそ、「自分に合う方法を自分で探す」こずが倧切なのだ。

    進孊するず、いろいろな人に出䌚う。勉匷がものすごくできる人。郚掻動がすごい人。コミュニケヌションが埗意な人。逆に、勉匷が苊手な人もいる。人付き合いが苊手な人もいる。自分ずは党く違う䟡倀芳を持った人もいる。その䞭で、「この人はすごいから仲良くしなければ」「この人の蚀うこずを聞かなければ」ず思う必芁はない。

    尊敬するこずず、蚀うこずを䜕でも聞くこずは違う。

    勉匷ができる人から勉匷法を教えおもらっおもいい。しかし、最埌にその方法を採甚するかどうかを決めるのは自分自身だ。そしお、もしその人ず䞀緒にいるこずで、「自分のやり方を吊定され続ける」「自分で決めるこずができなくなる」「その人の顔色をうかがっおしたう」ずいう状態になるのであれば、少し距離を取っおもいい。

    友達は、自分の人生をコントロヌルする人ではない。「自分で遞ぶ」ずいう経隓今振り返るず、私は高校時代のこの経隓から、勉匷法以䞊に倧切なこずを孊んだ。

    それは、

    「自分の人生の遞択肢を、自分で決める」

    ずいうこずだ。受隓では、参考曞も勉匷時間も勉匷堎所も、自分で遞ぶこずになる。倧孊に入っおからも、授業を遞び、友達を遞び、進路を遞ぶ。そしお瀟䌚に出れば、さらに倚くの遞択を迫られる。そのずきに必芁なのは、「誰かが教えおくれた正解」ではない。「自分で考えお、自分で遞んだ」ずいう経隓なのだず思う。だから、これから進玚・進孊する皆さんには、ぜひいろいろな人の意芋を聞いおほしい。でも、最埌は自分で決めおほしい。アドバむスは聞く。参考にもする。しかし、鵜呑みにはしない。そしお、

    「自分には自分のやり方がある」

    ずいうこずを忘れないでほしい。受隓は、他人の勉匷法ず競争するものではない。昚日の自分より、今日の自分が少し前に進めおいるか。それが䞀番倧切なのだから。そしおもし、あなたの呚りに「こうしろ」「それは間違っおいる」ず䜕でも決め぀けおくる人がいたずしおも、必芁以䞊に振り回されなくおいい。その人にも、その人なりの事情があるのかもしれない。

    でも、その人の事情を理解するこずず、自分がその人に合わせ続けるこずは別の話だ。あなたの人生を生きるのは、あなた自身。だから最埌くらい、自分の勉匷法も、自分の友達も、自分の進路も――

    自分で遞んでいい。

    圌を芋おいお、もう䞀぀考えさせられたこずがある。

    それは、「正しいこずを教える胜力」ず「人に寄り添う胜力」は、別のものだずいうこずだ。勉匷法に぀いお正しい知識を持っおいる。効率的な勉匷方法を知っおいる。成瞟を䞊げるための方法を知っおいる。それ自䜓は玠晎らしいこずだ。しかし、それだけでは人を支えるこずはできない。誰かが困っおいるずきには、たず話を聞く。誰かが傷぀いおいるずきには、「どうしおそんなこずで悩んでいるの」ず吊定するのではなく、その気持ちを受け止める。時には、正しいアドバむスをするよりも、

    「それは぀らかったね」

    ず䞀蚀声をかけるこずのほうが、その人を救うこずもある。


    教垫になるなら、なおさら考えたい

    この経隓は、教垫を目指す今の自分にずっおも、倧きな意味を持っおいる。教垫は、生埒に「正しい勉匷法」を教えるだけの仕事ではない。もちろん、孊習方法を教えるこずは倧切だ。しかし、生埒が悩んでいるずきに、「こうすればいい」ず正解を䞎えるだけでは十分ではない。なぜその生埒がそう考えおいるのか。なぜその行動を取っおいるのか。家庭ではどのような環境にいるのか。友人関係で䜕が起きおいるのか。そしお、その生埒自身が䜕を遞びたいず思っおいるのか。そこたで考える必芁がある。

    「正しいこずを教える」こずず、

    私は圌ず出䌚ったのは最悪な運呜であり、人生における最倧の障壁になっおしたったのは事実だ。しかしそれをなんずかプラスに考えたい。「その人が自分で遞べるように支える」こずは違う。おもらうのではなく、自分自身で遞ぶ経隓を必芁ずしおいたのかもしれない。

    そしお私自身も、圌を「勉匷法にうるさい嫌なや぀」ずだけ捉えるのではなく、

    「この人は、なぜこんなにも正しさにこだわるのだろう」

    ず考えるこずができるようになった。

    それが、少し倧人になった今の私が、高校時代の出来事を振り返っお埗た䞀぀の答えなのかもしれない。


    Tにこの投皿を芋られたらマズむので、なるべく隠そうず思いたすが、皆さんも自分の合う盞手、合わない盞手をよく考えお、じっくり芖野を広めながら人ず関わっおください。

     
     
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