
中国はなぜ社会主義っぽくないのか
結構前ですが、野本響子さんが中国に旅行に来られた時の様子について書いていて、そのなかで何度か中国の「社会主義らしくなさ」について触れているんですね。
東ドイツ(当時)などご自身が旅してきた社会主義国家の経験と照らし合わせて、中国の人々には統制でガチガチになっているところがなく、むしろ融通を利かせながらのびのびと暮らしているように見えた、とのことです。
たしかに、この感想を読むまで僕も「そういえば中国って社会主義国家だったな」と思い出すくらいには、中国は社会主義国家らしくないかもしれません。
少なくとも、一昔前の映画に出てくるような「冷徹な統制国家」「画一的で殺風景な街」としてのイメージはあまり当てはまりません。前提として経済管理に市場主義を持ち込んでいることを差し引いても、中国には社会主義っぽさがないように思います。
これってなんでだろう、と考えてみました。
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まず、中国はいつから社会主義国家で、なぜそうなったのかということをざっくりとおさらいしてみます。
清朝が崩壊した後、20世紀初めの中国は長い権力闘争と混乱の時代に入るわけですが、その中で目下の課題は「分裂した国をどう一つにまとめ直すか」ということでした。中央集権の不在と秩序の崩壊を、どう解決するかを考えなければなりませんでした。
そんな時、お隣のロシアでは革命が成功し、史上初の社会主義国家が生まれました。中国の革命家たちは、このモデルを中国の統治に活かせないかと考ました。その代表であり、最大の成功者が毛沢東です。
毛沢東は農村社会であった中国の実情に合わせてマルクス主義を再解釈し、社会主義を農村への動員理論として援用しました。それは経済思想というより、団結の旗印としての社会主義だったといえます。
結果として毛沢東と中国共産党は、混乱の中で最後に立つものとなり、中国は中華人民共和国、つまり社会主義国家を標榜する国として出発することになります。
しかしその後、大躍進政策と文化大革命という2つの大きな混乱が国にもたらされました。これらはある種「社会主義の極端な運用」によるものでした。計画経済が目的化したことによる愚行と、思想としての社会主義の先鋭化により、国はは大きく疲弊しました。
そして鄧小平の時代に入り、社会主義は市場主義の導入とともに「社会主義の新しい段階」「中国の特色ある社会主義」としてさらに再解釈されることとなりました。
以降、この国の社会主義は基本的にこの枠組みの中で運用されていくことになります。
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こうやってみていくと、中国における社会主義は経済的・思想的な必要性に迫られて導入されたというより、統治のためのわかりやすい方便として用いられてきた、ということがわかります。