
私だけ、落っこちた
念願のエッセイ本を出版したのに思うように売れず、後から出てくる新人エッセイストの本にどんどん重版がかかるなど、後輩の大活躍している姿を見て、隠すことなく嫉妬する。
創作大賞2023エッセイ部門で大賞を受賞された、斉藤ナミさんの記事だ。
実に面白い。
これを読んで思った。
そうか、念願の大賞をとっても、後から後からさまざまな悩みが出てくるのだろうな。今の私からはとても想像出来ないことだ。
私の中の記憶の扉が一つ、開く音がした。
私は、30代で教員採用試験を受験した。
1回目の受験は何の対策もせず、「ま、受けとくか」くらいの軽い気持ちで受けたため、落ちても「そうだよね」くらいの気持ちだった。
心を改め「翌年は絶対合格する!!」と目標を掲げ、新宿にある予備校に通うことにした。
8名くらいのクラスに所属した。
いよいよ最終の面接練習へと差し掛かった。きっと全員が苦手であったであろう、面接練習。面接官と受験者だけでなく、その周りを囲むようにクラス全員に見られながらの面接練習だった。
今思い出しても、本番よりこちらの練習の方が緊張したと思う。
ほとんどの生徒が、20代前半。
就職活動もしたことがある30代の私は、その子たちよりも面接の経験があった。
練習後、「一番良かったです」とか「絶対受かりますよ」などと言われ恐縮したものの、悪い気はしなかった。
ところが、
蓋をあけてみれば、私だけ不合格だった。
「いや、絶対受かると思ってました」などと言われ、散々気を使われた。
合格祝いの会は、もちろん欠席した。
私だけ、欠席した。
私だけ、落っこちたのだから。
夫は、私のように失敗した人を笑わない、まともな人間だから、彼にどう伝えようか迷った挙句、「あえて何も言わない」という方法をとった。
自宅のカレンダーにも大きく『合格発表』と書かれているし、採用試験の合否はニュースにもなっているくらいだから、きっと気づいているのだろうけど、彼は「どうだった?」とは一切、聞いてこなかった。
実は、「採用試験に合格したら結婚しようか」と話し合ったりもしていたので、多分、絶対に伝えないければならなかった。でも、私は言わなかった。
そこから数ヶ月後、電話が鳴った。
「〇〇区の教育委員会です。面接のお知らせがあってお電話しました」
私は、正規の職員としては不合格だったものの『期限付き任用』として採用されていた。
『期限付き任用』とは、正規雇用ではなく、期間を定めた契約で働くフルタイムの臨時的・任期付きの教員制度で、2次試験の不合格者のうち成績優秀者を名簿に登載し、欠員補充などに充てる制度として運用されているもので、臨時的・任期付きで採用されたその年に再度、採用試験を受け、そこで正規雇用の合否が決まるというものだ。
『期限付き任用』になっても、なかなか声が掛からないという話を聞いていたため、私は全く期待をしていなかった。
「これから、お時間ありますか? すぐにでも面接をしたいのですが、本日の午後の2時に〇〇区の教育委員会がある〇〇まで来れますか?」
「はい、行きます!」
二つ返事だった。
読んでいる皆さん、言いたいことは分かります。
「今日?」「午後?」
もちろん、私も思いました。
でも、行くしかない。
目の前にチャンスが落っこちてきたのだ、みすみす逃すわけにはいかない。
Googleで場所を確認し、急いでスーツを引っ張り出し、靴を磨いた。自宅からは、1時間半位の距離だったため、早めに出発した。
到着し、担当の方から話を伺うと、私含め3名が候補に上がっており、全員面接し、今日中に結果を伝えるとのことだった。面接が終わった者は1階のロビーで待機し、合格者には5時ごろに電話連絡がある。採用された者は再度、面接会場に来てもらい、その際に勤務地が紹介され、後日、学校長と面談することになっていた。
私が、一番手だった。
面接が終わり、ロビーのイスに腰掛けていると、次に終わったであろう男性が少し離れたところに座った。お互い、気にしつつ、けれど話しかけることはなく、緊張した面持ちでいた。また時間が経つと、次の男性が降りてきて、我々と同じように少し距離を保った場所に腰掛けた。
一体、誰に掛かってくるのか。
互いに、それとなしに様子が分かる距離にいる。
3人とも、スマホを手に握り、じっと耐える。
この時間は、耐えるしかない。
じっと耐えて、どのくらいが経っただろうか。
スマホが震えた。
採用の連絡だった。
その雰囲気を察して、男性2人が出口へと向かった。
落っこちてきたチャンスを滑り込んで何とかゲットした。
帰宅後、夫にこれまでの経緯を話すと「おぉ。逆境に強いところがあるよなぁ」と言った。
ようやく、今になって、夫が言った意味が分かる気がする。
今、まさに逆境の真っ只中にいる。
いや、しかし、そうか。
私にとって、逆境こそが味方なのだ。
向かい風が、強ければ強いほど、いい。
強風で髪は乱れ、頭から地面に齧り付くような前傾姿勢で、まぶたはめくれあがり、飛び出そうな眼球をひん剥いて、くちびるはひっくり返り、鼻の中は丸見えで、よだれと涙だらけの顔面の、私。
これだ。
これこそが、私の姿だ。
夫はずっと、
私の、この顔面を見てきたに違いない。
今も、きっと。
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