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切手の味と不便さの贅沢

    今みたいに手元のiPhoneからIGやFBやSNSで遠くに居る友達が何やってるか?とか瞬時に知れて良いけどさ〜 
    人がサメに足喰われる瞬間とか、各国の浮気現場から、陰謀論とかから戦争中の兵士の生の映像何でも。
    今からちょっと昔を比べると随分様変わったよな? 切手を舐めてハガキや手紙なんて今郵便局すら行かくなってるし。昔は国によって切手の味も違ったもんだったけど〜

    俺があちこちを旅してた頃80年代終わりから90年代は、今友達どうしてるか? とか今みたいにSNSもないから、手書きの絵葉書や手紙で、この時期にはグアテマラ🇬🇹に居る、マリ🇲🇱に居る、ガーナ🇬🇭に居るとか知らせるしか方法がなかった。
    その国の中央郵便局に俺宛に手紙くれれば受け取れるからと、友達に事前に知らせて。次の国にビザ取って着いたら先ず最初にCentral Post office へ行って友達からの手紙を受け取りに行く時どれだけ胸を踊らせて行った事か?

    当時のあのささやかな楽しみが忘れられない。 今は瞬時にFBやIGで世界中に散らばっている友達が昨日の晩飯あげたり、子供の写真上げたりして見れるから、これはこれで否めない。 

    俺は音楽好きだからSonyやAIWAのWalkmanには非常にお世話になった。 
    Walkmanは1人でしか聞けないから旅先で出会った友達とかとビールを飲みながら一緒に楽しめない。 当時の俺は町の電気屋で売ってるSharpやSanyoの一番小さいラジカセBoombox を買って持って行って旅に出てたから、どれだけバックパックが大きくなった事か? 
    旅出る前も90分の空のカセットテープを幾つも買い込んで、自分の好きな曲や音楽をダビング編集するから旅立つ前日に徹夜で音楽編集とか普通だった、あの頃が懐かしい〜 
    その上乾電池が、いわゆる第三国ではしょうもないのしか売ってないから、皆で楽しく安宿の屋上とかで聴いてても1-2時間で電池切れ。次は俺が電池買いに行くから俺のテープかけてよ〜 なんて楽しい時代だった。

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    今や当時のスーパーコンピューター同様の情報が、指の爪の半分程のサイズのプラスチックの破片に写真や音楽が山の様に入って、それが電話の中に入ってるという便利さ。 これも否めない。 

    写真などこれもまた36枚撮りにするか、スライドフィルムにするか? 白黒のフィルムは買うかとか〜 旅から帰って来た時にフィルムを現像に出して取りに行く時の待ち遠しかった事。 写真を撮るのもイベント的な行為だったし、現像した写真が上手く撮れた時などの喜びはそれは何とも言えない喜びだった。 

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    電話も日本の親や友達にかける時のコレクトコール笑 当時親に電話の向こうからよく怒られた。当時はKDDとかオペレーターを通さずには国際電話は繋がらなかった。 その上通話料のバカ高かった事笑 

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    旅に出る前も当時はガイドブックなどの少しの情報しか無かった。 90年最初俺が西アフリカに最初に行った時は情報を探しまくった。図書館から神田の古本屋街にまで足を運んだけど、そんな情報、文献ありゃしない。だから飛び出して行くしかなかった。
    俺が旅してた頃は例の地球の歩き方の連中が国によっては情報集めに来てたから、あの本の情報源にもなってたとは思う。 
    旅先で知り合った日本人からもう読み終わった本を交換したり、何処そこの街の安宿はここが良いとか、口コミで動いてた当時。 安宿に着くと手書きのノートとかが置いてあって、そこに色々とあの街の安宿は気をつけろとか、何処そこの呑み屋の女には手を出すなとか、あそこの闇両替はレートが良いとか、生の活きた情報がそこにはあった。

    ヨーロッパを鉄道で動いていた頃は「ユーレイルユースパス」を握りしめて、分厚いThomas Cookの時刻表を見ながら次に乗る夜行を探して、どう宿代を浮かすかばかり考えていた。公衆トイレに紙がない国なんかも多かったから、行かない国の時刻表のページを破ってケツ拭いたなぁ〜笑

    今のIGのフォロワーの数みたいに、当時は行った国の数だけ「俺凄いだろう」的な奴も居れば、サハラ砂漠縦断やシベリア鉄道横断や、コンゴ川川下りとか、ロンドンからインドまでのMagic Busや、南極、シルクロード、当時は各国で有名所や旅人の聖地みたいのもあって、そこを制覇しようとする連中とか。 春先になるとやってくる日本の大学生の卒業旅行の若い奴らとか。 世界一周してます二周目ですって言う連中とか、アラスカからアルゼンチンまで自転車の奴とか。 ありとあらゆる連中が居た。 

    当時はカードなんて持ってないから、すべて現金。現金を無くしたらもうアウトだから「トラベラーズチェック」ってものもあった。Amexはレートが悪いからVISAのを混ぜたほうが良いとか、アメリカに出入りするのに見せ金用に使うとか。失くしたって嘘ついて警察で証明をもらって、ダブルで持つなんて小細工もしたりして、色々と頭を働かせたものだった笑


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    NYにもいい時代に住む事が出来た。俺がNYに来た頃はまだウォーホルもキースヘリングも生きてた時代だったからNYがNYらしいまだカルチャーがあった時代に居れたのもホント幸運だと思う。911の時はたまたま職場が近所だったので、あの2つのWTCが倒れて来る前から野次馬してて、2つ目のタワーが倒壊する時は猛烈ダッシュで逃げたあの日は忘れる事が出来ない。

    そんなNYも90年頃俺がバックパッカーしてた頃は、Washington Jefferson とか当時はトイレに注射器が落ちてたり、日本人旅行者がNYで金貯めて南米行く奴らとかが沢山居たのでよく出入りしてた。42丁目タイムズスクエア界隈も当時はポルノ映画やカンフー映画の聖地みたいなノリで、今のディズニーランドの様な形相では全然なく、夜近づくには日本から来たての連中には根性が居る程危なっかしいエリアで、立ちんぼの娼婦もチラホラ。今のNYとは比べ物にならない程濃厚なエリアだったな?そんな911を経てパンデミックで俺はこの出涸らしのNYの文化的なカルチャー的な物が消え失せた街を後にした。年収1千万越えの人間がヒーヒー言う程住みづらい拝金主義のNYにお腹いっぱいで、もうこの街には何もないと。昔のNYを知る者にはもうそこに居る住む理由も見出せなかったからだったから。コロナ禍の中、出涸らしのNYを後にしてカリブの島USバージン諸島に移り住み、その後バハマ🇧🇸に3年を経て、古い昔のバックパッカー時代の友達のお手伝いで現在カンボジア🇰🇭に居る。NYの話は尽きないのでこの辺で終わりにしたいと思う〜


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    IYKYKNYC

    当時の未来像からすると、今は車こそ空は飛んでないけど、ビデオ電話やアプリで当時は想像出来なかった未来像が今や現実になっている。今の「便利」な時代を否定はしないけど、全ては肯定はしない。あの時の体験や経験は今どんなにお金を積んでも出来ない。 
    今は相変わらず貧乏だけど、あの時代に世界に出れてホント良かったと心底思う。 
    こんな経験が出来たのも、当時日本はイケイケで勢いがあったから。 そんな祖国日本にはホント感謝している反面、今の堕ちぶれた日本を見ていると憂いても憂いても何かやるせない気持ちでいっぱいだ。 

    俺はアナログ・インテリジェンス派だな〜
    AIが主流の時代になって来て、現存のsocial media やエンタメもまたクソつまらない物に変わりつつある。AIって使い手にインテリジェンスが無いとただのアプリのゲームの様なもの、使い手次第。

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    バハマ🇧🇸に住んでた頃も毎日のように魚を獲りに行ってた。それも最小限の道具で、プラスチックに釣り糸をグルグル巻きにしたやつに錘と針と餌付けて素潜りで岩場に糸を垂らす。ゴーグルはそれなりに良いのを買ったけどあとは見様見真似、足ヒレも無し、超原始的なやり方。道具に頼るのは余り好きじゃないから頭を働かせて、どうやったら魚が釣れるか? 毎回「工夫」「思考」して魚が釣れた時の嬉しさよ。潮の満ち引きとか、毎回行く同じ海でも形相が違う。岩場に糸を垂らすやり方だから、海が少々荒れてると釣りに出れない。そう言う時は浜でビール飲んで素足で歩き回って漂流物を探すとか。おかげで足の裏にいつもあった魚の目も綺麗さっぱり消えてなくなった。靴下はおろか靴やスニーカーを履く生活をもう5年してない。
    南国の魚は旨くない魚が多いから味噌漬けにしたら旨く食える。一度岩場で小さいけどナースシャークが釣れた時はビビった笑 小さくても鮫は鮫、心臓バクバク。 後で捌いて食べたけど鮫の皮が硬い事、食べてもそこまで旨い身の魚ではなかった。もちろんスマホも普通に使うけど、今の人間余りにもスマホやAIに頼って「頭」を使う作業をしてない。 瞬時に答えが出る前に実際に頭を働かせて「工夫」や「思考」する作業を現代人は忘れ去ってるから脳も使わなければ退化するであろう


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    🇧🇸

    現在はカンボジアの若い子らに日本語を教えている。 一応日本語検定に沿って進めてるけど、改めて思ったのは制度の古さで試験の内容がアップデート全然出来てない。これはバブル期の日本が調子に乗ってる時代のノリの、日本に来たければ解いてみろ的なあぐらをかいた内容が時代の丸出し。問題の内容も俺が数十年前受けた高校受験の引っかけ問題とかみたいで嫌らしい。引っかけてどうすんの? ゴールは日本語を習得させるのが目的だろう? 今時ワープロだのFAXだのカンボジアの田舎の子でもそんな物見た事ないから説明しても直ぐ理解してもらえない。台所とか筆箱とか下駄箱とか今時そんな言葉死語だろう? クレームは置いといて、改めて、気にした事ない母国語日本語の〜 大体小さい「っ」「ィ」とか1本2本の数えなんか気が遠くなる。 鶏は一羽で犬は一匹とか、学習する方からしたら難儀、憶えるしかない。会話だけなら日本語はそんな難しい類の言語だとは思わない。 でもそこで丁寧語だの読み書きが入ってくると一気に難易度が増す。 お蔭様で〜とか、かしこまりました〜 とか意味翻訳するの考える〜、そこらの丁寧語みたいのはもっと日本語の上の段になってからでも良いと思うけど。 日本の「文化」だの言い出す人るもわかるけど、日本語自体がもう既に壊れかけてる程外来語を短縮したのとかで溢れ返ってるのに。超昭和の死語の様な日本語を詰め込ませるのって、学習者のメモリーの無駄使いだろう〜

    それよりだ、今のスマホにやられてるから漢字を忘れて正確に書けないし、その「書く」作業をもうしなくなって暫く経つから読めるけど書けない。これは教える方としては恥ずかしい。使わない脳は退化する。鉛筆を鉛筆削りに入れて漢字を「書く」って言う作業を通して、改めて埃のかぶった脳が動き出した感が嬉しい。それと日本製の文房具の素晴らしさよ〜

    手作りやそれを作る物作りも廃れ消えつつあるのも色々悲しかったりするけど、その自分も「便利」な世の中に流されて大手企業が作った物を好き好んで買って使ってるから、その物作りが廃れて行った後押しをしてるとも言える。けどこれも最近のプラスチックが海に溢れてる様に、世界各地で誰もが皆がみな少しずつやって来た結果ではあるから俺だけじゃない

    今こうしてまたタイムスリップした様な不便なカンボジアの田舎に居る、昔と違うのはみんな掌の電話と睨めっこしてる事ぐらいでいい感じの不便さと便利があってこれ位が丁度いい、今の時代不便さを楽しむ事が出来るのは贅沢だし経験と能力がいる

    便利さは否めないけど、不便さの中でしか味わえなかったあの昂ぶりは二度と戻らない。

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    NYを拠点に西アフリカやカリブ海の島々、北米、中米、欧州など40数カ国を渡り歩き海外生活40年、住んで仕事して生活した国は8カ国、現在カンボジアの田舎町にて奮闘中。Nomad生活現在進行中。Live life you love, Love life you live🔆

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