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あの夏のざるそば

    私は、幼いころから蕎麦が大好きだった。
    うどんも好きだけど、選べるなら絶対に蕎麦。
    同級生は圧倒的にうどん派で、蕎麦好きは少数派だったけど、それでも私の蕎麦愛は揺るがなかった。

    両親も蕎麦好きなので、近隣県に美味しい蕎麦屋があると聞いたら、家族で食べに行くほど。近隣県の有名な蕎麦屋は、大体食べに行っていると思う。

    そんな家族の影響もあって、私は蕎麦愛に満ちた人生を送ってきた。

    ◇

    十数年前の夏のある日、当時つきあっていた彼とドライブに行くことになった。
    行先は長野県。
    私が蕎麦好きなのを知って、蕎麦の名所である長野県へ連れて行ってくれるという。
    しかし、蕎麦屋の情報はあまり知らないらしく、店選びに難航していた。

    そこで、我が家が長野で行きつけにしている蕎麦屋に、彼を案内することになった。

    当時車を運転しない私でも案内できるほど、家族で何度も通ったお店。

    このお店以外に、場所が分かって案内できる店がなかったというのもある。
    それでも、このお店の蕎麦の味は、誰にでもおすすめできる自信があった。

    迷うことなくお店にたどり着き、店内へ。

    「いらっしゃいませ。お2人ですね。こちらの席へどうぞ」

    案内された席につき、さっそく天ぷらざるそばを注文した。

    そば茶を飲みながら待っていると、お待ちかねの蕎麦が運ばれてきた。

    均等に細く切りそろえられた、二八蕎麦。
    冷水で締められたばかりの麺は、つやつやと輝く様子が美しい。

    「こんなきれいな蕎麦、見たことがない」

    彼がぼそっとつぶやく。
    それほどまでに、見た目でまず私たちは魅了された。

    写真を撮って、さっそくいただいた。

    あぁ、いつもの通り。香りもよく美味しい。

    安堵しながら、そっと目の前の彼を覗き込む。

    彼は嬉しそうに、無言で蕎麦をすすっていた。
    付き合い始めてわかったことだが、この人は本当に美味しいと感じた時は、黙る。まさに今、静かに蕎麦をすする音だけを響かせて、真剣に蕎麦と向き合っていた。

    よし、気に入ってくれた。

    彼の様子に満足した私。
    いつの間にか、1年ぶりに食べる蕎麦に夢中になっていた。

    すると彼が言った。

    「それにしてもホント、美味しそうに食べるね」

    しまった。
    蕎麦と真剣に向き合っていたのは、私のほうか。

    そんな自分に気づいて、耳がカッと熱くなった。
    それでもそのまま、蕎麦をすすり続けた。

    本当に美味しいものの前では、言葉は無力だ。
    静かに蕎麦をすする音だけが、2人の間に流れた。

    まもなく食べ終わるころ、彼が話し始めた。

    「実は、うどん派だったんだよね。でも、今日この蕎麦を食べたら、蕎麦のほうが美味しいと思ったよ。だから、今日から蕎麦派になる」

    うどん派だった彼を鞍替えさせるほど、美味しいお蕎麦。
    私は心から、彼をこの店へ連れてきてよかったと思った。

    ◇

    「お待たせしました。天ざるです」

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    今年もまた、この店にやってきた。
    相変わらず、つやつやと美しい蕎麦。

    やっぱり、ここのお蕎麦は香りよく美味しい。

    満足していると、目の前に座った彼が、あの時と同じように私を見て呟いた。

    「それにしてもホント、美味しそうに食べるね」

    そういうと、夫は自分の天ざるを、あの時と同じように、笑顔で黙々と味わった。

    今年の蕎麦も、格別だった。

     
     
    そらはらゆに。エッセイを書いて生きる文筆家。 ほっこりエッセイ|旅行記|短編小説|読書|喋りすぎる口下手|向上心で突き抜ける|2人の息子の育児に奮闘|感謝を忘れない|つけ麺しか勝たん|好きな色は空色|隠せないジュビロ磐田愛|イメージは抹茶|霊長類最弱女子|

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