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シナリオ学校に通っていた頃の話

    数年前からFacebookを辞めていたんですが、最近、意図せずしてFacebookのメッセンジャーを開いたら、昔、シナリオ学校で一緒だった方から「クラスの卒業生で同窓会をやるから来ませんか?」というメッセージが届いていました。

    私は2000年くらいにふと思い立って青山にあるシナリオ学校に通い始めたんですね。

    以前から脚本を書くことには興味があり、学生時代、自主制作映画で脚本は書いていたのですが、ここらあたりで一回本格的に勉強してみようと思ったのがきっかけでした。

    常々、小説やシナリオは誰かに習っても上達するものではないと思っていましたが、自分の書いたものに対し、誰かの客観的な意見を聞けるのはありがたかったし、定期的に書き続けるという習慣が身につきました。

    そして、何よりも同じ目標を持つ仲間でありライバルが存在する「場」にいるということは何ものにも代え難い経験でした。

    授業は週1回、1時間くらいでしたね。

    20〜30個くらいの課題があり、それを順番にこなしていく感じ。

    課題の提出は義務ではないので、出せない時は手ぶらで来て、他の人の作品にコメントするだけでも良かったのですが、同じ時期に入った女性が毎回提出していて私も負けじと毎回出してました(授業料を節約したいという気持ちもありましたが(笑))。

    最初についた先生は中年のクセが強い男の方で、情熱のある方でしたが事情によりお辞めになり、別のクラスに移りました。

    課題をすべてこなし、上のクラスに上がると、この先生も結構良くて、クラスのメンバーとも気が合い、毎回、授業の後、近くのカフェにみんなで行くんですが、さらにその後、飲みに行ったりもしていました。

    そのクラスも修了し、さらに上のクラスに行ったのですが、忙しくなって結局、学校はやめてしまいました。

    シナリオコンテストにも何回か応募しました。

    そのうちの1回はまあまあいいところまで行ったのですが、それ以降はてんでダメで、応募もしなくなってしまいましたね。

    でも、またいつかチャレンジしたいですね。

    あの頃に比べて人生経験も積み、今なら書けることもたくさんあると思いますので。

    というわけで、今回はシナリオ学校に通っていた頃の話をさせていただきました。

    最後までお読みいただき、ありがとうございます。
    まろん亭奏字でした。


    本日の一曲
    D-influenceで「Waiting」

    今回は記事にまったく関係ないんですが、最近、ふと「昔聴いていたなあ」と思い出し、Apple Musicでダウンロードしました。秋はどうもセンチメンタルな気分になりますね。 

     
     
    新しい扉を開くためにnoteを読み、誰かの扉を開けるきっかけになればと記事を書いています。

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