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短編:馬のリーダー

    ◉風まかせ文芸部【馬】参加作品

     十二年に一度のこと。神秘の森の奥、川霧の立ちこめる広場に、馬の蹄を持つ者たちが集まっていた。
     サラブレッドは首を高く掲げ、誇り高く鼻を鳴らす。ペガサスは白い翼を大きく広げ、朝の光を受けて輝いている。
     ユニコーンは静かに角を揺らし、スレイプニルは八本の脚で、落ち着きなく大地を踏み鳴らす。ケルピーは水辺から半身だけを現し、湿った髪を滴らせていた。
     その中で唯一、馬の頭を持たないケンタウロスだけが、槍を手に腕を組んでいた。
    「さて、今年は午うま年だ」
     ケンタウロスが口火を切った。
    「我ら馬系の生物を代表するリーダーを決めねばなるまい」
     馬系の者たちは今年一年、数多の行事や催しに姿を現さなければならない。混乱なく事を進めるためには、象徴となる馬の存在が必要なのだ。
     そして、そこから始まった話し合いが、実に長引くことになる。
    「速さなら私だ」
    「神聖さなら俺様に決まっている」
    「伝説の重みを考慮すべきだ」
    「いや、脚の数こそ正義だろう」
     意見はぶつかり合い、誰も一歩も譲らない。会議は煮え切ることなく、時間だけが過ぎていった。

     その頃──周囲には、いつの間にか人だかりができていた。
     幻獣界や神話界の住人が、一堂に会する光景をひと目見ようと集まった人間たちだ。彼らは遠巻きに様子をうかがいながら、次第に騒ぎ始める。
    「おいおい、いつまでやってんだー!」
    「まだ決まんないのかー!」
     速さの象徴でもある脚を持つ者たちが、もたもたと会議を続けている。それが気に食わないのか、ブーイングは嵐のように広がっていった。
     その中心にいたのが、ひとりの若い娘だった。腕をぶんぶんと振り回し、声は誰よりも大きい。目を血走らせ、怒号が止まらない。
    「さっさと決めなさいよ! あんたたち、馬でしょ! 走るのも飛ぶのも速いくせに、なんで決め事はこんなに遅いのよ! ぐずぐずしてるから野次られるの! 何ならもう、私が決めてあげようか!」
     誰かが止めに入ろうとしたが無理だった。暴れ馬のごとく、手に負えない娘であった。

     そのとき──
     彼女に気づいたのは、スレイプニルとケルピーだった。続いて、ケンタウロスも、ペガサスも、ユニコーンも、一斉に口を噤つぐんだ。

    (この野次馬の中に……とんでもないじゃじゃ馬がいる)

     伝説の生物を前にしても怯まない。声は誰よりも通り、場を揺らし、知らぬ間に民衆の空気を一つにまとめようとしている。
     ただの馬でしかないサラブレッドは、なぜか胸の奥に──ジャンヌ・ダルクの再来、そんな言葉が浮かんでいた。
    「なあ……」
     誰ともなく、ぽつりと呟く。
    「リーダーとは、皆をまとめるだけじゃなく、強引に引っ掻き回してでも、前に進もうとする者ではないだろうか?」
     全員の視線が、騒ぎの中心にいる娘へと集まった。
    「野次馬の、じゃじゃ馬──」
    「誰よりも厄介だが、立派に馬だ」
     満場一致だった。
    「リーダーの馬は、あの娘で決まりだ」
     次の瞬間、娘は前へ引きずり出されていた。
    「えっ、ちょ、なに!? え、私? 馬とか無理なんだけど!」
     だが、もう遅かった。スレイプニルとケルピーは蹄を鳴らし、ペガサスは翼を大きくはためかせる。
     ユニコーンの角が静かに頷き、ケンタウロスは豪快に手を叩いた。そして、人間に一番近い存在のサラブレッドが高らかにいなないたのだ。
     それが彼らの同意の証だった。

     こうして、午年のイベントは、野次馬のじゃじゃ馬をリーダーに迎え、かつてない騒がしさと勢いの中で幕を開けることになった。
     もっとも、その年がやけに落ち着かなかったのは、言うまでもない。

     
     
    不定期に短編小説&ムダ話を書いてます。 短編はサクッと読める一話完結作品です。

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