
短編:未来からの警告
◉風まかせ文芸部【25年後】参加作品
とある都市銀行でのこと。金庫室の異常を知らせる防犯ブザーが鳴り、監視カメラに不可解な映像が映し出された。
誰もいないはずの金庫室に白煙のようなものが充満している。火事だと思った行員たちが慌てて金庫室の中を確認しようとしたが、有毒なものかもしれないと、警察と消防に連絡することにした。
駆けつけた警察官たちは、監視カメラの映像を確認した。すると、徐々に薄れていく白煙の中から一人の男が姿を表した。行員たちに確認しても誰も面識がないという。
男は眩しそうに目を細めて周囲を見回した。服は奇妙な素材で、袖口に発光ラインが走っている。監視カメラに気づくと、両手を大きく振り、何かを叫んでいるようだった。
それを見て白煙が有毒なものではないと判断した警察が、金庫室の扉を開けるよう指示をした。
扉を開けると、男は真っ先に「ここはどこだ? 今は西暦何年だ?」と質問を繰り返していた。
すぐに警察署へ連行され、取り調べが始まった。取調室の蛍光灯の下、二人の刑事が男を見つめる。まずはどうやって中に入ったのかを聞き出そうとしたが、男の言うことは荒唐無稽だった。
「整理しよう。お前は未来から来たと言うんだな?」
男は頷いた。
「2063年、人類は破滅の危機に瀕している。原因は2050年に人類に下された選択だ。誤った道を進んだせいで人類はこの時代の八十分の一にまで減少している」
それは全世界の人口が、現代の日本とほぼ同じ規模にまで減っているということだ。
若い刑事は鼻で笑った。
「そんな与太話、誰が信じる?」
だが男の声には焦燥が滲んでいた。
「……灰色の空、酸を含む雨。子どもは外に出られず、薬もなく、人々は食糧を奪い合う。文化も希望も失われた。私はその未来を変えるためにここへ来た」
初老の刑事の胸に孫の笑顔が浮かぶ。信じがたい話だが、虚言とも思えなかった。
何しろ厳重に管理されている金庫室の中、白煙と共に突如として現れたのだ。男の言うことが嘘なら、他にどんな方法で中に入ったのか説明がつかない。
「それが本当なら証拠を見せろ!」
若い刑事の鼻息が荒くなった。
男は左腕を差し出して腕時計のようなものを二人に見せた。盤面には何もなく、金属の輪に光が脈打っている。
「これはクロノス・ギアといって過去への転送を可能にする装置だ。未来にあるタイム・レギュレーターで設定を行えば、過去へ遡れる」
男の説明だと、過去のどの時代に飛ばされるかは予測不可能で、未来から来たことを理解できる時代や、選択を間違えないよう考えてもらえる時代にやって来れるかどうかは運次第らしい。
これまでも何人かが過去に遡ったが、時代が悪かったり、帰ってこなかった者もいるそうだ。
「だからこっちも命懸けなんだよ」と男は言った。
一連の説明を聞いていた若い刑事がしびれを切らしたように怒鳴る。
「なら今すぐそのギアとやらを起動させてみろ!」
男は指先でギアを撫でながら低く言った。
「今すぐにか? 起動すれば自ずと未来へと帰ることになる。二度とここに戻れないかもしれない。まずは選択の話を聞いてからにしてくれ」
「ふん! どうせ何も起きやしない、やってみろ!」
若い刑事は再び怒鳴り、強く机を叩いた。
驚いた男は、指をかけていたギアの盤面に思わず触れてしまい、起動させてしまった。低い振動音が取調室に響く。空気が波打ち、光が弾け──男は消えた。
残された椅子を前に、二人の刑事は凍りついた。
「今の、見たか?」
「本当に人が……消えた……」
机の上に残された調書には、男の話した内容が書かれている。
“2063年からやって来た”
“2050年の選択を誤るな”
これが最後の警告だったかもしれない。初老の刑事は汗ばんだ手でそれを握りしめた。
事件報告書には「被疑者、取調べ中に逃走」と記された。取調べ中の映像は封印され、表に出ることはなかった。だが二人の刑事の胸には、消えない疑問と一抹の不安が残った。
「もし本当なら、二十五年後に俺たちは何を間違える?」
答えは誰にもわからない。ただ、男の言葉だけが記憶にこびりついていた。
2050年まで、あと二十五年。未来からの訪問者は答えを告げぬまま消え、曖昧で重い警告だけが残った。
それが真実かどうかは、やがて時が証明するだろう。
世界を揺るがす選択の刻限へ向けて、時計の針は黙々と進み続ける。
「選択を誤るな!」