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海水温が上がるなかで漁を続ける。鋸南町で聞いた話

    2026年8月29日、千葉県鋸南町の港から船に乗った。

    訪ねたのは、港を見下ろす古民家を再生した拠点。

    サスラボのメンバーでカメラマンの腰塚さんに紹介してもらい、取材をお願いした。

    現役の漁師がクルージングや箱メガネでの水中観察を案内してくれる場所で、この日、話を聞かせてくれた漁師のお二人が船に乗せてくれた。

    出港して間もなく、そのうちの一人が水温計を見た。

    26.4度。今日は若干低めだという。

    昨年の同じ時期はすでに30度を超え、高いときには31度ほどまで上がっていたらしい。

    話は、水温とともに変わってきた海のことから、そこで漁を続ける人のことへと広がっていった。

    もう一人の漁師さんは50代で、この港では若いほうに入る。

    下の世代がおらず、自分たちが70歳になる頃には、漁をする人がいなくなっているかもしれないという。

    それなら、外から漁師になりたい人が来たらどうなるのか。

    話を聞いていくと、人が減って困っていることと、新しい人を迎えられることは、簡単にはつながらなかった。

    船を止めるほどあった海藻

    水温計を見ていた漁師さんは、この仕事を始めて26、7年。

    この季節は潜ってアワビやサザエを獲り、秋には網で伊勢海老を狙い、カワハギを釣る。

    季節ごとに獲るものを変えてきた。

    10年ほど前までは、海藻が船外機に絡んで止まることもあったという。

    とくに多かったのがアカモク。

    食用としてパックで売られている、あの海藻だ。

    箱メガネで船の下を覗くと、岩やサンゴ、イソギンチャクが見える。

    かつて船を止めるほどあったという海藻は、なかなか見つからない。

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    その漁師さんは、水温上昇に大きく関わったものとして黒潮大蛇行を挙げた。

    黒潮が紀伊半島から東海沖で大きく南へ迂回する状態が、2017年8月から2025年4月まで7年9か月続いた。

    1965年以降では最長だ。

    取材日は偶然にも、気象庁が終息を正式に発表してからちょうど1年にあたっていた。

    蛇行した黒潮の「矛先」が千葉に向いていた、と表現した。

    大蛇行期に暖かい水が入り、関東・東海沿岸の水温を押し上げる現象は、研究でも報告されている。

    ただ、海藻が減った原因を一つに絞ることはできない。

    千葉県の2017年度調査では、対象とした内房の水深10メートル以浅の岩礁のうち、半分以上で大型海藻の藻場が確認されなかった。

    県は、高水温や海藻を食べる生き物など、複数の要因を検討している。

    水産庁の白書では、海藻が高水温で枯れる影響も報告されている。海藻が減れば、貝の餌だけでなく、魚が育つ場所も失われてしまう。

    二人の話では、海藻が減るにつれて、それを餌にする貝も減った。

    貝が浅い場所へ移り、そこでも餌が尽きて死んでいったという。

    海藻を隠れ家にする稚魚や、そこに卵を産むアオリイカも減ったと聞いた。

    漁獲量も収入も落ちるなかで、獲るものを変えながら漁を続けている。

    獲れるものが変わっても売れるとは限らない

    もともと多かったタコが減り、代わりに見かけるようになったのが、南の海にすむワモンダコだった。

    7、8年前には1匹、2匹だったものが、次第に増えていったという。

    ところが、ある冬のことを、50代の漁師さんはこう話した。

    「そしたらそのタコが、みんな真っ白になって全滅してたんです。海の中で」

    普段は穴に隠れているタコが、外に出たまま、皮が剥げて白くなっていた。

    あちこちで死んでいるのを見たという。

    その漁師さんは、急に水温が下がり、逃げる間もなかったのだろうと考えていた。

    南から来た生き物も、そこに定着できるとは限らない。

    しかも、獲れるようになれば、それで商売になるわけでもなかった。

    ワモンダコは、この辺りでは食べ慣れたものではなく、水揚げしても買い手がつかないという。

    一方、以前は見かけなかったハタ類は、釣れれば売れるそうだ。

    海の生き物が変わるなかで、漁師は獲り方だけでなく、売れるかどうかまで考えて漁をしている。

    水産庁は、日本近海で水温上昇を主な要因と考える魚の分布変化を報告している。ただ、ここで聞いたタコの増減や一度の漁獲を、それだけで説明できるわけではない。

    黒潮大蛇行は終わった。

    それでも、長期的な水温上昇は続いている。

    気象庁の2025年までの集計では、日本近海の海面水温の上昇率は100年あたり1.36度で、世界平均の0.63度の2倍を超える。

    気象庁は、海面水温には黒潮などによる自然の変動と、地球温暖化の影響が重なっていると説明している。昨年の記憶と今日の水温だけで温暖化を確かめることはできないが、大蛇行の終息と、長い時間をかけて海が暖まることは分けて考える必要がある。

    高水温で海藻を食べる魚の活動が活発になるなど、藻場の回復を妨げる事情もある。

    この日の26.4度だけで、海が元に戻りつつあるとは判断できない。

    漁を続ける人たちは、以前とは違う海で、毎年の仕事を組み立てている。

    漁師になるまで誰に教わるのか

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    タコの話をしてくれた漁師さん自身も、最初から漁師だったわけではない。

    親は漁師だったが、収入の先行きを心配して、息子には会社勤めを勧めたという。

    いったん会社員になり、勤め先の業績が悪くなったことをきっかけに海へ戻った。

    漁師になって16、7年になる。

    全国でも担い手は減っている。

    2023年の漁業センサスによる漁業就業者は12万1,389人で、5年前から約3万人減った。

    では、親が漁師ではない人が、この港で同じように独立して漁を始めたいと思ったらどうなるのか。

    網の扱いや釣りの基本を覚えても、それだけで生活できるほど獲れるわけではない。

    どこに魚がいて、どんな漁具や餌を使うのか。

    季節や海の状態にどう合わせるのか。

    親から子へ受け継いできた仕事を、外から来た人は一から覚えなければならない。

    けれど、その漁師さんの周りには、弟子を取ってその道筋を用意する漁師は見当たらないという。

    漁師同士でも、獲るための技術を積極的に教え合うことはないらしい。

    アワビやサザエなどを獲る漁には、共同漁業権も関わる。

    漁協への加入に加え、漁業権行使規則で定められた資格やルールを満たす必要がある。

    地区に住み、出資し、今いる漁師との関係を築くことも必要だという。

    制度の条件を満たすことと、仕事を覚えて食べていけるようになること。その両方が要る。

    困ってはいるけど、ウェルカムでもない。

    私がそう言い直すと、その漁師さんは、そう言われればそうだ、と答えた。

    教える側にも暮らしがある

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    ここまで聞いて、私は「閉鎖的だから人が入らず、衰退してしまう」という話として受け止めかけていた。

    けれど、話を聞いていくと、教えない側の事情も見えてきた。

    個人で漁を営む人にとって、漁具の作り方も、餌の付け方も、魚のいる場所を見つける腕も、暮らしを支える技術だ。

    それを教えた相手が、翌日から同じ海で同じ魚を獲るようになる。

    漁師が一人増えたからといって、海の魚まで増えるわけではない。

    さらに、売る値段の問題もある。

    ほかの船が獲れない日に自分だけ獲れれば、高く売れる可能性がある。

    一方、どの船も大量に水揚げすれば、供給が増えて価格が下がることがある。

    技術を教えた結果、取り合う相手が増え、売る値段まで下がるかもしれない。

    これでは、人に教えることをためらうのにも理由がある。

    会社勤めを経て海へ戻った漁師さんは、自分もその一人だと話していた。

    魚種や漁法によっては、今でも大きく稼げる方法を知っているが、それを他人に教えることはほとんどないという。

    この地域だけのことなのか、全国でも同じなのかは分からない。

    ただ、生活を守るために、自分のことしか考えられなくなっているように感じる、と。

    私は、その率直さが印象に残った。

    自分だけを例外にして、ほかの漁師を批判しているわけではなかった。

    漁師が減っていくことは困る。

    それでも、誰かを育てるために自分の暮らしを危うくすることはできない。

    海が変わり、以前のように獲れなくなっているなら、なおさらだろう。

    人手不足と聞くと、来たい人さえいれば解決に近づくように思える。

    けれど、教える側の生活まで考えると、善意だけで引き受けてほしいとは言えなくなった。

    給料をもらいながら漁を覚える

    この地域にも、外から人や事業を迎える取り組みはある。

    千葉県は2025年、漁業への就業相談や体験、技術研修などを扱う総合窓口を設けた。

    鋸南町勝山漁協も、企業の発表によれば、さかなドリームと新しい養殖魚の生産で連携している。

    そうした動きがある一方で、個人で漁を営むための技術や地域との関係を、どう身につけるかという課題は残る。

    会社勤めを経験した漁師さんが挙げたのは、組合が経営する定置網の船で働く道だった。

    網を上げ、水揚げし、傷んだ網を直す。給料を受け取りながら働く、漁協所属の組合員だ。

    まず2年、3年と働き、その間に仕事を覚え、地域の人とも関係を築く。

    自分で漁をしてみたいと思ったときには、そこで暮らしてきた実績もある。

    いきなり一人で始めるより、こちらのほうが現実的ではないかという。

    ただ、その先の独立までを個々の漁師任せにしていても、道筋はできない。

    町が予算をつけ、組合も加わって、受け入れ方を示す必要がある。

    隣の南房総市には、近い発想の取り組みがある。

    2024年の地域おこし協力隊の募集では、約3年の任期中に漁協の市場業務や加工業務などに関わり、知識や技術を身につけながら、漁協への加入と任期後の就業を目指す仕組みが示されていた。

    加入に必要な居住条件に合わせ、白浜町の指定地区へ移り住むことも条件になっていた。

    地域の決まりを満たすまでの時間に、仕事と生活の支えを用意する。

    外から来る人が、その途中で行き詰まらないようにする取り組みだ。

    教える人にも、続けられる条件を

    新しく来る人を支えることに加えて、迎える側が協力しやすい条件も考えたい。

    駿河湾のサクラエビ漁では、船ごとの水揚げ代金を集めて分け合うプール制が長く続いている。

    集団で操業し、休漁や漁獲量の制限なども組み合わせて資源を管理する仕組みだ。

    売上を分け合うなら、ほかの船の成果も自分の収入につながる。

    自分の船だけが多く獲るために競争していたときとは、協力する意味が変わる。

    もちろん、これをこの港にそのまま持ち込めばよいとは思わない。

    潜り、網、釣りを使い分ける漁と、同じエビを同じ漁法で獲る漁では条件が違う。

    サクラエビ自体も大不漁を経験し、2025年公表の県の資料では、漁獲量は回復傾向にあるものの、資源水準はなお低いと評価されている。

    それでも、人の考え方を変えてほしいと頼むだけでなく、協力することが仕事の上でも成り立つようにする例として、考える手がかりになる。

    この港でも、教える時間の負担や、独立後に利用できる漁場・資源をどう調整するのかまで含めて考えなければならないのだろう。

    「次の世代のために」と言うだけで、その負担を今いる漁師に預けてしまっていいのか。

    現役の漁師の考え方を変えるのは難しい、とも聞いた。

    そのうえで、新しいルールへの思いをこう言葉にしている。

    「昔のように戻すのではなく新たなルール作りをして漁業に携わりやすい環境が出来ればいいなと思っています」

    週末は海を案内する

    水温計を見ていた漁師さんは、地元で旅館を運営する紀伊乃国屋グループと組んで、この春から自分の船で週末の観光船を始めた。

    会社勤めを経て海へ戻った漁師さんも一緒に乗る。

    漁だけでは厳しくなっていくなかで、観光も仕事にできないかという試みだ。

    取材時点ではまだ試験的に始めたばかりだという。

    お客さんには、海の変化についても話すのだろうか。

    尋ねると、関心がある人には自分が知っている限りのことを話すが、要望がなければ一般的な案内にとどめるという。

    海に出て、気持ちがいいと楽しんで帰る人もいる。

    それ以上の話を、無理にすることはないらしい。

    私は、この答えが好きだった。

    まず海を楽しめて、気になったことがあれば、そこを長年見てきた人に聞ける。

    船に乗る人の多くは、環境問題に関心があって来るわけではない。

    海のアクティビティとして、シンプルに楽しみに来ている。

    だから自分たちからは伝えすぎない。

    これは、私たちが最近ずっと抱えている伝え方の課題でもある。

    気候変動は実際に起きていて、急がなければならない問題だ。

    それでも、ありのままを差し出されると、人によっては説教をされているように感じてしまう。

    海を海のまま楽しんでもらって、それを見てどう思うかは本人に委ねる。

    二人の答えは、その一つの形だと思う。

    収入のためだけではない、と50代の漁師さんは言う。

    「今までは漁だけに集中してきましたが、こういった事も行なって変化していく海の魅力を伝えることも大切だなと思っています」

    技術を教え合うことはほとんどないと話していた漁師たちが、週末には船に人を乗せ、海を案内している。

    その両方が、この港の日々の仕事なのだ。

    私もまた訪ねるつもりでいる。

    今度は、伊勢海老の網を入れる季節に。


    この記事の写真は、取材に同行したカメラマンの腰塚光晃さんが撮ったもの。noteにはその一部だけを載せています。すべての写真は、サステラ公式サイトの特集ページで見られます。

    https://susterra.net/feature/kyonan

    INFORMATION

    PORT CLUB

    千葉県鋸南町の港を見下ろす古民家を改装した拠点。漁師が操る船でのクルージングと箱メガネでの水中観察、初心者向けの海釣りを案内している。運営は紀伊乃国屋グループ。

    千葉県鋸南町

    公式サイト・予約

    CREDITS

    文 Ryu

    写真 腰塚光晃

    取材同行 サスラボメンバー(あらた、すよん、Haru、SHONOSUKE _TAKIZAWA)

    出典・参考資料

     
     
    グレーな世界に、目を凝らす。 社会も、暮らしも、情報も。

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