
欲しいものを我慢する才能 | 僕とカメラ | note
リリーさんのこちらの記事を拝読しました。
2008年式のNikon D700を操って写真を撮ってらっしゃいます。
(はぁ〜…いい写真撮るなぁ。ほんと…。)
1995年製のレンズを紹介されていて、こういうの見ているとちょっと欲しくなってくるのがヤバいです。
いや本当に欲しくなると買っちゃうので。
ヤバいんですよ。人が写真撮ってる記事を見て「俺も同じカメラとレンズ買うわ!」って衝動で買ってたらヤバい人じゃないですか。
というわけで、今回は欲望の宥め方について書いていきます。
2,900字です。

デカいカメラって良いよね
デカいカメラは良い。ロマンがある。
最近はロマンも死語か。ロマンチックとかロマンティストとかも言わないもんな。最近は会社で新卒とひと回りも違うので価値観の違いとか言語すら違うので驚くことが多い。
それでもデカいカメラにはロマンがある、と思う。
シャッターを切るたびにバシャン!とメカシャッターの音がするんだろうなぁ…とうっとりと思う。リリーさんが紹介されている1995年式の50mmレンズもめちゃくちゃ面白そうだ。
いかんいかん、こんなにカメラの欲望が止まらないと流石にキリがない!と頭を振りかぶっている。

忙しいとカメラが欲しくなる
最近は仕事がヤバいくらい忙しい。15個くらいのプロジェクトを同時に進めているのだけれど頭がパンクしそうになる。後輩の子達には緊急ではない事案は朝か夕方に相談してもらうことにして、報告をもらうときも結論ファーストで発言するようにお願いしている。それでも頭がパンクしそうになるのは単に僕の要領が悪いからなのかもしれない。
個人的に忙しさのヤバいラインは本が読めなくなるかどうかだ。
本を開いても文字が上滑りして読めない。ささーっと読み進めて、今読んだところが全く頭に入っていないことに気づく。それで慌てて冒頭から読み直すのだけれど、やはり上滑りしてしまう。その繰り返しだ。これが僕にとっては「そろそろメンタルヤバいですサイン」で、こういう時は決まって買い物をしたくなる。
言ってしまえば心の慰めとして(!?)何かを衝動的に買いたくなる。
サラリーマンは必死に働くこととは関係なく決まった日に給料が支払われるので、労働そのものが報酬に直結している実感が得にくい。それゆえに、いわば現物支給的にご褒美が欲しくなるのだ。
そのご褒美がスーパーで買うプリンやケーキなら可愛いものだが、ご褒美のたびにカメラを買ってしまったら家計も家のスペースもめちゃくちゃになってしまう。当たり前のことだ。
忙しいとカメラが欲しくなる。でも忙しくなるたびにカメラを買うわけにはいかない。ではどうすればいいのか?

solution1:ガマンする
当たり前すぎてバカみたいな解決法を先に述べる。
何か欲しいものがあるときに「ガマンする」という選択肢がある。これは「欲しい欲しい」と早まる自分を宥めて、ガマンしているうちに欲しくなくなる(欲が冷めるのを待つ)という手段だ。
しかしこれが呪いに転じる可能性もある。僕は10年前のイタリア旅行の雑貨屋さんでアンティークの手帳を買うかどうか最後まで迷い、最終的に買わなかったことがあるが、そのことを今でも覚えていて「なぜあのとき買わなかったのだろう」と後悔している。10年経って覚えているのだからずっと忘れないのだろう。
もちろんそれは覚えている後悔をピックアップして述べているだけで、他の「ガマンして忘れたもの」は100倍くらいあるだろうから、結論から言ってしまえば「ガマンする」というのは有効な手段だ。

solution2:欲望を再点検する
それがなぜ欲しいのか?本当に必要なのか?を再点検することで、心より脳に訴えかける方法もある。これもある程度有効だと思っている。
「カメラが欲しいのはわかるけど、でも持ってるよね?」
「これ前も同じケースあったけど結局使わずに売ったよね?」と自分に問いかけることで欲望を解消するやり方だ。
しかし、冒頭に述べたような「忙しくて気が狂っている」場合、こちらは正常な精神状態ではなく、「こんなに死に物狂いで働いているのに何も良いことがない!!」(実際には良いことはあるし、給料は毎月振り込まれている)と血走った目で叫んでいる狂人に果たして理屈が通用するだろうか?
思うに一般論として、興奮している人に一番やってはいけないことは「正論を説く」ことではないだろうか。それは逆効果なのだと。
なので、「ちょっと欲しいかも…」という可愛らしい欲望の発芽にはこの手段は有効だが、「忙しいんだからご褒美よこせ!」という狂った欲望には悪手だと考えている。

solution3: 代用品で誤魔化す
例えば10万円のカメラが欲しくなるとする。
「欲しくなったので買います」を無限に打てる人ならそうやって生きていけばいいが、僕を含めて多くの人はそうではなく、その場合欲望を飼い慣らさなければならない。
10万円のカメラを買うか/買わないかの大きな二元論で結論を出すのは大きなエネルギーを伴うため、その解決策の一つとして僕が思いついたのは代わりの何かを購入することで欲望を鎮火するというものだ。
例えば1,000円のプリセットを買うとか、2,000円の写真集を買うとか。衝動的に何かが欲しくなった時は、多くの場合本当に欲しいのは「それ」ではなく、「頑張ってる自分を慰めたい」とか「すごいものを持ってる<私>になりたい」とか「退屈な日々を打破する非日常を引き込みたい」とか、そういったニーズが自分の中にある。
本当に欲しいのが「それ」ではないのであれば、やはりなおさら「それ」は買うべきではないのだ。であれば、「それ」を買わずして、より安価な方法をとれば財布を守ることができる。
この方法はうまく行ったことはあるが、失敗したこともある。代用品を買ったはいいものの、結局欲しかったものとの比較が延々と止まらず、欲しかったものを買い直すことになった(FUJIFILMのカメラのことだ)こともある。

solution4:欲望をひたすら語る
たった今僕がしているのがこの手法だ。
欲しいものに対して、それをガマンするでもなく、理屈で考えるでもなく、代用品を用意するでもなく、ただただ語ってみるというもの。これは心理学的には行動認知療法的な手法なのだろうと思う。
治療するでもなく、手術するでもなく、ただ語ることによって癒す。
欲望の癒やし方は人それぞれで、どんな方法がその人に効くかは結局その人次第であるところだとは思うけれど、僕にはこれが一番効く。
僕はカメラについて語っているつもりが、結局欲望の宥め方について語っている。僕はプロットを作ってnoteを買いているわけではないので、本当に行き着いてこういう文章になっているだけだ。
結果的に少なくとも事実として読み物がこの世に一つ生まれていて、気づけば僕の欲望は(一旦は)収まったようだ。文章を書きまくってただ疲れただけかもしれないけれど。(人は3,000字の文章を一気に書き切ると疲れる)
欲望の宥め方
あ、皆さんは欲望の宥め方、ありますか?
「こんな方法あるよ」ってのがあればぜひコメント欄で教えてください。

今日はここまで。