
日本の弁当文化
日本の弁当文化は、食事を持ち運ぶ実用性に、行楽の楽しみ、盛り付けの工夫、食べる人への気配りが重なって発達してきました。歴史をたどると、暮らしや娯楽、旅との関わりが見えてきます。
始まりは、旅や仕事を支える携行食
日本の弁当の歴史をたどると、古代の携行食である「干飯(ほしいい)」に行き着きます。蒸した米を乾燥させた保存食で、水や湯で戻したり、そのまま食べたりしました。旅や戦、農作業など、家を離れて食事をするときに持ち歩きました。
おにぎりも、古くから携行食として使われてきました。現在のように、ご飯と何種類ものおかずを箱に詰める弁当の背景には、こうした米を加工して携える習慣があります。
江戸時代に、楽しみのための食事へ
弁当文化の発達に大きく関わったのが、花見や芝居です。
江戸時代には、庶民が桜を見に出かけ、屋外で弁当を食べるようになりました。江戸後期の料理書『料理早指南』には、春の食材や彩りを意識した、デザート付きの花見弁当の献立も載っています。弁当は、外出先で空腹を満たすだけでなく、季節や行事を楽しむ食事になっていました。
芝居見物から発達したのが、幕の内弁当です。当時の芝居は一日がかりで、観客は幕間に食事をしました。江戸後期の風俗を記した『守貞謾稿』には、握り飯に、卵焼き、かまぼこ、こんにゃくや芋の煮物などを組み合わせた内容が記されています。ご飯と複数のおかずを取り合わせる、現在にもつながる姿が見られます。
鉄道によって、旅の楽しみに
明治時代に鉄道が広がると、駅で販売する「駅弁」が登場します。
家で用意して持っていく弁当に加えて、旅の途中で買って食べる弁当が発達しました。弁当は、家庭でつくる食事であると同時に、商売として提供される食事にもなったのです。
一つの容器に、食事を組み立てる
日本の弁当の特徴として挙げられるのが、ご飯を中心に、肉や魚、野菜などを少しずつ取り合わせる形です。
焼き魚、卵焼き、煮物、漬物を組み合わせれば、同じ箱の中に、異なる味や食感、調理法が入ります。家庭の食卓では別々の器に盛る料理を、限られた空間にまとめます。
そのため弁当づくりには、料理する技術に加えて、何を組み合わせ、どこに、どのくらい詰めるかを考える技術があります。彩りや配置も、弁当の楽しみの一部です。
食べるときの状態を考えて用意する
弁当には、調理した場所と食べる場所、調理する時間と食べる時間が異なるという特徴があります。
そのため、持ち運びやすさ、汁の漏れにくさ、料理同士の味の移り方なども考える必要があります。弁当は、様々な条件を想定して作る料理とも言えます。
弁当箱も、食文化の一部
弁当は、中身だけでなく容器と一緒に発達してきました。
木の曲物、竹製の容器、重箱などが使われ、江戸時代の行楽用には、重箱に酒器や取り皿などを組み合わせて運べる「提重(さげじゅう)」もありました。屋外で食事を楽しむために、道具一式をまとめる工夫です。
一人分を持ち歩く箱と、皆で分け合う重箱では、食べ方も変わります。弁当箱には、誰と、どこで、どのように食べるかが表れています。
海外でも知られる「BENTO」
日本の弁当は、海外でも「BENTO」「Bento box」として知られています。海外からのゲストとの食事は、レストラン一択ではありません。移動中に食べる弁当も、その歴史や詰め方、容器に目を向けると、会話のきっかけになります。目の前の弁当から食文化を伝えられることも、価値の一つです。