
第13回「家康、都へゆく」(予習)
さて、4月1日である。
「どんな嘘をつこうか?」
やっぱ、
「結婚しました」
かな?
でも、お祝いにサポートされて、「嘘です」と言ったら、「詐欺~ 金返せ~」って訴えられそう(苦笑)。逆に「100万円サポートします」ってメールが来るかもね。(noteでのサポートは最大5万円だから、すぐに嘘だと分かるけどね。1日で5万円X20回のサポートは可能?)
「老若男女、今日から自転車に乗る時はヘルメット着用義務スタート!」
「今日から「こども家庭庁」スタート!」
「今日から食品5000品目値上げ」
さて、これらは本当か、嘘か、どっちでしょう。
【徳川家康略年表】
天文11年(1542年)12月26日 徳川家康誕生
天文24年(1555年)3月 徳川家康、元服
永禄3年(1560年)5月19日 「桶狭間の戦い」(岡崎城へ帰還)
永禄4年(1561年)4月11日 「牛久保城攻め」(今川氏から独立)
永禄5年(1562年)1月15日 「清須同盟」(織田信長と和睦)
永禄5年(1562年)2月4日 「上ノ郷城攻め」(人質交換)
永禄6年(1563年)7月6日 「元康」から「家康」に改名
永禄6年(1563年)10月 「三河一向一揆」勃発
永禄7年(1564年)2月28日 「三河一向一揆」終結
永禄8年(1565年)11月11日 二女・督姫(母:西郡局)誕生(旧説)
永禄9年(1566年)5月 松平家康、三河国を平定。
永禄9年(1566年)12月29日「松平」から「徳川」に改姓。「三河守」に。
永禄11年(1568年)10月 織田信長、足利義昭と共に上洛
永禄11年(1568年)10月18日 足利義昭、征夷大将軍に任官
永禄11年(1568年)12月6日 武田信玄、駿河国へ侵攻開始(第1次侵攻)
永禄11年(1568年)12月13日 徳川家康、遠江国へ侵攻開始
永禄11年(1568年)12月18日 徳川家康、引間城を奪取
永禄12年(1569年)5月15日 掛川城、開城(遠江国平定)
永禄13年(1570年)3月 徳川家康、上洛。
元亀元年(1570年)4月30日 「金ヶ崎の退き口」
元亀元年(1570年)6月28日 「姉川の合戦」
元亀元年(1570年)9月 徳川家康、居城を岡崎城から浜松城へ移す。
元亀元年(1570年)9月16日~12月17日 「志賀の陣」

徳川家康は、三河国と遠江国の領主となり、永禄12年(1569年)の中頃から「福徳」の印判(織田信長は「天下布武」、武田信玄は竜の絵)を使い始めた。そして、三河国と遠江国を統治するには岡崎では西に寄り過ぎているとして、元亀元年(1570年)9月、三遠国境付近の浜松へ移った。
徳川家康は、領国経営の一方で、元亀元年(1570年)には、1年間で3度
①越前国遠征(朝倉征伐)→浅井反逆→金ヶ崎の退き口
②姉川の合戦(朝倉&浅井征伐)
③志賀の陣(浅井&朝倉&延暦寺との戦い=織田信長、最大のピンチ!)
も織田信長と共に戦っている。
さて、前回で「岡崎編」が終わり、今回からは「浜松編」が始まります。
今までの織田信長は、尾張国平定と美濃国奪取、徳川家康は、三河国平定しか考えていませんでした。ところが、織田信長は、足利義昭と結びついて、天下を考えるようになり、徳川家康は、織田信長の同盟相手の武田信玄と共同して今川領を侵食することになりました。
今回は、嵐の前のお楽しみ回かな?
<徳川家康の居場所(概算)>
・岡崎 5年:幼児期
・尾張 2年:織田家人質時代
・駿府 12年:今川家人質時代
・岡崎 9年:三河国領有時代
・浜松 17年:三河国&遠江国両国領有時代
・駿府 4年:5ヶ国(三河&遠江&駿河&甲斐&信濃国)領有時代
・江戸 7年:江戸城在城時代
・京都 9年:征夷大将軍時代(伏見城に2年、二条城に7年)
・駿府 10年:大御所時代
◎合計 75年
(尾張2年、岡崎14年、浜松17年、駿府26年、江戸7年、京都9年)
※人生の1/3を駿府で過ごした。
★今後の『どうする家康』
・第13回「家康、都へゆく」(4/2)
※4/9は統一地方選挙の開票速報に伴い休止。
・第14回「金ヶ崎でどうする!」(4/16) ※BS4K放送(後0:15枠)開始
・第15回「姉川でどうする!」(4/23) ※15分繰り下げ後8:15開始
・第16回「信玄を怒らせるな」(4/30)
・第17回「三方ヶ原合戦」(5/7)
・第18回「真・三方ヶ原合戦」(5/14)
・第19回「お手付きしてどうする!」(5/21)
・第20回「岡崎クーデター」(5/28)
・第21回「長篠を救え!」(6/4)
・第22回「設楽原の戦い」(6/11)
・第23回「瀬名、覚醒」(6/18)
・第24回「築山へ集え!」(6/25)
※ノベライズ3巻は6月、4巻は9月発行予定です。