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第42回「天下分け目」(解説動画集)

    ■時代考証担当・小和田哲男先生(毎週日曜の放送終了後)

    ■歴史学者・呉座勇一先生(毎週日曜の放送終了後)

    ■濱田浩一郎先生のYouTube歴史塾(毎週日曜)

    ■戦国BANASHI(毎週月曜)

    ■高橋学長のむさしのチャンネル(毎週月曜)

    ■日本史サロン(毎週火曜21:00~)

    ■かしまし歴史チャンネル

    ■G-yu〜檜尾健太さん〜

    ・当日レビュー

    ・翌日レビュー

    ・本編レビュー

    ■松村邦洋さんのタメにならないチャンネル(毎週月曜)

    ■青江さんの評論

    https://twitter.com/sinkontora0919

    ■時代考証・平山優先生のツイート

    Q.関ヶ原以前、軽々に「天下を取るぞ」と言えるとは思えない――という非常に重要な指摘がありますが、時代考証として、戦う歴史学者として、いかがお考えなんだろう。
    A.42話をご覧いただいたのでしょうか? まず正確にいえば、一連の台詞は、山内一豊が進み出て「内府殿とともに、この山内一豊戦いまする」と言い、これを受けて黒田長政が「三成などに屈してなるものか!秀頼様を取り返すぞ!」と続きましたね。その後のやりとりを経て、家康が「三成を倒し、我等が天下を取る。皆の者、とりかかれ!」と呼びかけます。これらの文脈から、何が読み取れますか? 三成により、秀頼が囲い込まれ、天下は簒奪されているというのが、家康と豊臣諸将の現状認識。それを覆し、秀頼を取り戻すことこそが「天下を取り返す」ことを意味します。しかも家康は、「徳川が」とか「わしが」とは言ってませんよね。豊臣諸将を始めとする自分たちが皆で天下を取り戻すと言っているのです。ってことは、「家康が関ヶ原以前、軽々に「天下を取るぞ」と言えるとは思えない」という感想は、誤解だと思うのですが如何でしょうか? そして徳川家中の人々は、今後の大戦が家康の天下掌握を意味すると考えてはいるが、それをおおっぴらに吹聴していませんよね? あくまで身内だけで言ってること。なので問題ないと思います。

     42話で、沼田城乗っ取りを諦めた真田昌幸が、孫と対面し去って行くシーンがありました。その背中に、孫たちの「じいじーー」との呼び声が響きました。その「じいじ」は、当時の言葉ではないとのご指摘がありました。その通りですね。ただ、この台詞は台本にはありませんでした。

    https://twitter.com/HIRAYAMAYUUKAIN


     
     
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