
【日本史】バテレン追放令(1587)
バテレン追放令(バテレンついほうれい・伴天連追放令)は、1587年7月24日(天正15年6月19日)に豊臣秀吉が筑前箱崎(現・福岡県福岡市東区)において発令したキリスト教宣教と南蛮貿易に関する禁制文書。
バテレンとは、ラテン語で「神父」の意味のpatremかポルトガル語のpadreに由来する。
━━九州では何が起きている?
情報ネットが広まった今でも、九州のことといえば、熊本地震くらいしか知らない。あとは、博多の屋台ラーメン、中津の唐揚げ、熊本の馬刺しといったグルメ情報くらい。豊臣秀吉も九州情勢には疎かったと思う。
日本一統の為に九州を平定しようと、九州へ行って見た九州は・・・長崎は寄進されて教会の土地「植民地」となり、牛馬は食べられ、寺社は破壊され、日本人が鎖につながれて奴隷として売られ・・・と悲惨な状況であった。