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親友なんかじゃない|掌編小説(#シロクマ文芸部)

     ――詩と暮らすように生きたい。

     一体どういう会話の流れでケンちゃんがそう言ったのか、今となってはさっぱり分からない。ただ、ケンちゃんが別れ際に言ったそのセリフだけは、なぜかハッキリと頭の片隅に残っていた。

     翌日、ケンちゃんは学校を欠席し、3日経っても学校に来なかった。ケンちゃんの家に電話しても、呼び出し音が延々と聞こえるだけ。そして4日目の朝のホームルームの時間、担任の先生は無表情でこう言った。

    「岡本君はお父さんの仕事の都合で引っ越すことになりました。まぁ、急な話ですが、仕方ないですね」

     ――はぁ?

     放課後、職員室に乗り込み、担任に「一体どういうことですか? ケンちゃん――岡本君はどこに引っ越したんですか?」と詰め寄ると、先生は顔をしかめて頭を掻いた。

    「俺にも分からないんだよ。母親が突然来て、手続きだけして帰っちゃってなぁ」
    「そんな……」

     僕はその場に立ち尽くした。

    「岡本はお前に何も話してないのか?」
    「はい……」
    「うーん、何か事情があるんだろうなぁ」

     自宅には向かわず、ケンちゃんの家に行くと、「売物件」の看板がかかっていた。
     中学に入り、一番最初に仲良くなったのがケンちゃんだった。中学2年のクラス替えでも一緒になり、お互い「やったー!」と喜んだのは、つい最近の話だ。
     何か特別な事情があるのは想像できる。でも、親友の僕にお別れの言葉もないなんて、さすがにひどい。それとも、ケンちゃんにとって僕は親友ではなかったってことか……。
     自問自答にもならない問いをぐるぐると頭の中で回しながら自転車をこいでいると、ふと、ケンちゃんが言った「詩と暮らすように生きたい」という言葉が脳裏に浮かんだ。

     ――ケンちゃんはどこかで、詩と暮らすように生きているのだろうか。

     正面に夕日が見える。あまりにも綺麗なオレンジ色で、絶望とか悲しみとか、いろんな感情を夕日にぶん投げて、真っ黒にしてやりたい気分だった。

     少しずつケンちゃんのことを思い出さなくなっていた高校3年のある日、僕宛に郵便物が届いた。手紙が1通と、萩原朔太郎はぎわら さくたろうの「月に吠える」という詩集が1冊。

     差出人は岡本健一、住所は山口県だった。

     ――ケンちゃん!

     手紙には引っ越すことになった経緯、別れが言えなかったことへの後悔と謝罪、そして近況が綴られている。

     僕はため息をついた。

     ――興味ねぇよ。

     手紙と詩集をゴミ箱に放り込み、ベッドに寝転んだ。

    (了)


    小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に参加しています。

    もちろんフィクションなんですが…。
    私が小学3年生くらいの時、家族ぐるみで付き合いのあった友人がいました。その友人は突然、家族で引っ越してしまい、それ以来会っていません。
    宗教絡みだったと聞いています。
    その1年後か2年後だったか、西日本のどこかで、その宗教団体が主催するお祭りか何かがあり、家に招待状が届きました。ほとんど覚えていませんが、おにぎりとか焼きそばとかが全部無料でもらえるというものでした。
    結局、友人とは会えませんでした。

    まぁ、そんなことを思い出した次第です。


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    現代ドラマの掌編、短編小説をメインに投稿中。 たまにピアノで西村由紀江さんとジョージ・ウィンストンと日吉真澄さんの曲を弾きます。 ソリスピア第6回超短編小説祭入選。 第1回文苑堂54字の物語コンテスト最優秀賞&特別賞。 第12回自作小説の一節コンテスト最優秀賞。

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