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海砂糖|掌編小説(#シロクマ文芸部)

    「海砂糖を1つください」

     僕がそう言うと、店主は眉をひそめた。

    「あなた、海砂糖を一体何に使うおつもりで?」
    「母に……海を見せてあげたくて。生きてるうちに……」
    「ほう。何かご事情がおありのようだ」

     店主は店の奥から小さなガラスの瓶を大事そうに持って来た。中にはビー玉くらいの大きさの青い玉が1つ、入っている。店主は瓶の蓋を取り、僕の耳元に近づけた。

    「あ、波の音がする……」

     海のない土地に住んでいる僕は海を見たことがなく、波の音もテレビでしか聞いたことがなかった。でも、瓶の中から聞こえてくる音が波の音だと、すぐに分かった。

    「いいですか? 誰かにとっての嘘は、誰かにとっての真実です。嘘をつくなら、最後までつき通してください」

     店主はそう言って小瓶を僕に差し出した。財布を出そうとする僕を「結構です」と手で制す。

     家に帰ると、父がいた。僕が小瓶を取り出すと、父は「よし」と頷く。

    「母さん、コーヒー入れたよ!」

     父がそう言いながら、窓の外をじっと見ている母の横にコーヒーを置く。僕は小瓶から青い玉を取り出し、そっとコーヒーに入れた。
     母はコーヒーをひと口飲むと、「まぁ……」と言って車椅子から立ち上がった。慌てて父が支える。

    「懐かしいわねぇ」
    「母さんの故郷、瀬戸内海だよ!」
    「こんなところまで、遠かったでしょう? 運転、疲れなかった?」
    「ちっとも。楽しいドライブだったよ」

     窓から風が吹き込んで来る。

    「気持ち良いわねぇ。潮の香りがするわ」

     母は嬉しそうに目を閉じた。

    「うん。いい風だね。とっても……」

     母を支える父の手が震えている。
     泣いているんだ。

     僕は黙って母と父を後ろから見ていた。僕には、いつもの庭しか見えていない。風は湿気を含んだ、お世辞にも心地いいとは言えない熱風だ。

    『誰かにとっての嘘は、誰かにとっての真実です。嘘をつくなら、最後までつき通してください』

     さっきの店主の言葉を思い出す。

     僕は母の横に立ち、「綺麗だね」と言った。

     見えるはずのない、海を見ながら。

    (了)


    小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」、参加用です。


    stand.fmにて、寿瀬さんとむぎさんに朗読して頂きました。
    ありがとうございます。
    ※改稿の関係で、内容が若干異なる場合があります。


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    現代ドラマの掌編、短編小説をメインに投稿中。 たまにピアノで西村由紀江さんとジョージ・ウィンストンと日吉真澄さんの曲を弾きます。 ソリスピア第6回超短編小説祭入選。 第1回文苑堂54字の物語コンテスト最優秀賞&特別賞。 第12回自作小説の一節コンテスト最優秀賞。

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