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真紅の瞳|掌編小説

     放課後の屋上は、風の音しかなかった。建物の間を吹き抜ける冷たい風が、柵の向こうの空を淡く歪めている。
     俺は古びたベンチに腰を下ろし、鞄を足元に置いた。彼女は隣で柵にもたれかかり、空を見ていた。

    「ねぇ、信じる?」
     彼女は、唐突にそう言った。
    「信じるって、何を?」
    「人の心に、色があるって話」
     彼女の髪が風に流れる。その隙間から覗いた瞳が、夕日を映して真紅に輝いた。
    「そうだなぁ。あるかもしれないね」
    「相変わらず、ハッキリしないなぁ」
     彼女はいつも不思議なことを言う。返答に困るのは、さすがにもう慣れた。でも、俺の「慣れた」というのが、彼女は気に入らないらしい。
    「心の色が見えなくなると、人は嘘をつくようになるの。でも、君はまだ色を持ってる」
    「そう……なのか?」
    「うん。だから、きっと大丈夫」
     俺は思った。彼女の真紅の瞳には、俺が見えない何かが映っているのだと。
    「この町の色がね、薄くなってるの」
    「それって、ヤバいことなのか?」
    「まぁ、誰もそう思ってないみたいだけど」
     そう言った彼女の指先が、ほんの少しだけ透けて見えた気がした。俺は「気のせいだ」と自分を納得させ、何も言わなかった。
     その頃からだった。通学路の花壇の花が、一斉に白く枯れはじめたのは。
    夕焼けも、空の青も、少しずつ色褪せていった。

     彼女に最後に会ったのは、一週間前の放課後。
     彼女はベンチに立ち、柵の向こうを見つめていた。風が強く吹いて、長い髪が宙に舞う。
    「もし、色が全部消えたら、君はどうする?」
     俺は少し考えて、こう答えた。
    「君を探すよ。色を取り戻すために」
     彼女は微笑んだ。その瞳には、確かに光が宿っていた。次の瞬間、彼女の輪郭が崩れ、風と一緒に消えた。
     残ったのは、ひとひらの赤い羽根。それが風に乗って、遠くへ飛んでいく。
     今でも時々、夜の街角で、あの真紅の光を見る。信号機の赤でも、ネオンの赤でもない。どこか懐かしい、彼女の瞳の色。
     俺は歩きながら、小さく呟く。
    「きっと、まだ見てるんだろうな」

     ――この色褪せていく世界を、どこかで。

    (了)


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    現代ドラマの掌編、短編小説をメインに投稿中。 たまにピアノで西村由紀江さんとジョージ・ウィンストンと日吉真澄さんの曲を弾きます。 ソリスピア第6回超短編小説祭入選。 第1回文苑堂54字の物語コンテスト最優秀賞&特別賞。 第12回自作小説の一節コンテスト最優秀賞。

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