メインコンテンツへスキップ
見出し画像

風鈴|掌編小説

     軒先に吊るされた風鈴が、初夏の夕暮れの風に吹かれて、カランと寂しげな音を立てた。他の家の風鈴は、どれもチリンチリンと涼しげに鳴っているのに、ウチの風鈴は控えめだ。いや、控えめというよりは、何かをためらっているように聞こえる。
     この風鈴は、じいちゃんが遺した唯一のものだ。陶器でできた本体には、よく見ると小さなヒビが入っている。音色も、新品の澄んだ音とは違う。どこか乾いていて、掠かすれていて、ちょっとジメッとしていて、まるで遠くで誰かがため息をついているような、そんな音。
    「どうしたの? 風鈴」
     俺がそっと問いかけると、風鈴はもう一度、カランと小さく鳴いた。その瞬間、僕の耳に、風鈴の音とは違う音が混じった気がした。それは、囁くような声。最初は気のせいかと思ったけど、何度か風鈴が鳴るたびに、その声ははっきりと聞こえるようになった。

    「……会いたい」

     ――人の声だ。
     小さくて、今にも消え入りそうな女性の声。
     ――まさか、風鈴が喋っているの?
     いや、そんな馬鹿な。でも、この声は、間違いなく風鈴が鳴るタイミングで聞こえる。僕は風鈴に近づき、そっと指で触れた。ひんやりとした陶器の感触。すると、風鈴はこれまでで一番大きな音を立てて鳴った。カラン、と。そして、その声はより鮮明に、僕の心に響いた。

    「また、会えるかな……」

     それは、じいちゃんがいつも口にしていた言葉だった。亡くなる前、病室で、僕の手を握って、何度も繰り返していた言葉。
     この風鈴は、じいちゃんが会いたがっていた誰かの声なのか。あるいは、じいちゃんのことを想っていた誰かの声なのか……。
     風鈴は、またカランと寂しげに鳴いた。
     その音は、やっぱり悲しそうで、僕はただ、風鈴と一緒に夕暮れの風に吹かれていた。

    (了)


    こちらもどうぞ。

    この記事が参加している募集

     
     
    現代ドラマの掌編、短編小説をメインに投稿中。 たまにピアノで西村由紀江さんとジョージ・ウィンストンと日吉真澄さんの曲を弾きます。 ソリスピア第6回超短編小説祭入選。 第1回文苑堂54字の物語コンテスト最優秀賞&特別賞。 第12回自作小説の一節コンテスト最優秀賞。

    あなたへのおすすめ