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Photo byai_heisou

【自己紹介】元適応障害の私が「この先、自分なら何があっても大丈夫」と思えるようになるまで

    「このままでいいのかな、なにか足りない気がする」


    ただその一心で、


    かつて私も
    自分を理解するために
    自分が変わるために、
    たくさんの方法を探していた。


    でも、本当に必要だったのは、

    もっと深い、たったひとつの場所

    を見ることだった。



    その経験を、同じように悩み、迷っている人へ届けています。





    プロフィールを開いていただき
    ありがとうございます。


    はじめまして。


    たくまと申します。



    あなたは、
    ふと、これまでの自分を振り返ったときに、
    次のような悩みを抱えていませんか?



    仕事も人付き合いも、特段、不幸はないはず。
    なのに「このままでいいのかな、でも未来が見えない」
    漠然とした不安が”繰り返し”出てくる。


    適応障害などメンタルを崩して
    「もう同じメンタルの壊れ方を繰り返したくない」
    なのに、同じ考えや行動、休職を繰り返してしまう。


    「やりたいこと」が思いつかない、思いついても動けない。
    「自分の人生を生きている」感覚がない。
    ふとした空虚感に襲われることが多い。



    そんなふうに、モヤモヤや苦しさが繰り返されていませんか?



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    社会に出て、人付き合いもある。
    休んでいい時間もある。
    不幸な時間が流れているわけではないはずなのに、

    いざ思い返すと


    「あれっ、自分の人生って何なんだろう?」

    「あれっ、自分の人生どうしたいか分からない」

    「このまま生きていっても未来があまり見えない」


    ”自分がいる”という感覚が薄い。


    「いや、もっと大変な人だっているんだから、甘えを言っちゃいけない」



    そう思って、自分が薄れた日常に戻ってしまうあなたへ…



    「心の根っこから、とめどなく流れ続ける自己肯定」
    人生の主導権を取り戻す、”人生再起”


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    実は、かつての私も、全く同じ悩みを抱えていました。


    このままでいいのかな。これでいいのかな。

    自分は周りと何かが欠けている。

    普通に生きているだけなのに疲れ切っていく。


    そして、自分が薄れていく。


    生きている、というより、生きちゃっている。

    そんな感覚で、残りの人生も過ぎるだけ。


    そう思っていました。


    でも、コーチングとの出会いが私を変えました。


    「心の根っこからとめどなく流れ続ける自己肯定」


    これは、
    私が生きる気力を失って、鬱・適応障害・休職という
    人生のどん底だったとき、
    メンターとのコーチングを重ねて身につけたものです。


    そこから私は、

    人生の主導権を取り戻し、
    モヤモヤ・不安が出ても
    自分に戻れる場所を持てるようになりました。


    「この先、自分なら何があっても大丈夫」


    現在では、自分のペースで仕事をしながら
    結婚もして家族と一緒に
    幸せに向かう人生へ自信を持って進んでいます。


    そして本業のかたわら、
    自身がこれまでに学び実践してきた、心理学、脳科学、社会学、生態学、行動経済学、哲学などあらゆる理論をバックボーンに、

    「心の根っこからとめどなく流れ続ける自己肯定」をテーマに

    人生の主導権を取り戻す”人生再起コーチング”を提供しています。




    この記事では、


    なぜ私が発信をしているのか、
    なぜ人生まるごと確信できるようになったのか


    私の自己紹介を書きます。


    ちゃんとしなきゃ


    昔から、そう思ってきました。

    衣食住があって、興味のあることもやらせてもらった。

    大学院まで修了した。


    何かが特別に足りなかったわけではないはずなのに、

    これでいいのかな。足りない気がする。

    という感覚が、いつもありました。


    だから、ちゃんとしなきゃ。

    人の顔色を見てしまう。
    自信が持てない。


    いつもどこか不安だった。


    そんな中で動き続けるのが当たり前でした。





    気づけば自分が分からない。


    家でも、学校でも、職場でも、友人関係でも、恋愛関係でも

    嫌われないように
    怒られないように
    迷惑をかけないように

    周りの顔色を見て
    周りの期待を察して、
    先回りして期待以上に応える。


    それが当たり前。


    気が付くと、

    いくらやっても自信にならなくて
    人の目が気になって
    自分の気持ちもよく分からない。

    でも、周りの期待には答え続ける。


    何があっても

    まず頭によぎるのは

    「私がなにか、悪いことをしたか」



    周りが上手くいかないのは、
    自分のせいだと思っていたから。


    ときには、感謝もされるし評価されることもある。


    でも、

    「いつもこれでいいのか」

    「もっときちんとやらなければいけないんじゃないか」

    「もっと大きな期待や責任に応えなければいけない」


    そうやって、人の期待に応えることを第一にして

    いつも『まだまだ』なんだと

    拍車をかけて生きていました。



    生きる気力が薄れる理由


    別に、生きてはいける。

    でも、そこに、自分の人生がある気がしない。


    あとから分かったことがあります。


    こうなるのは、

    性格の問題でも、
    頑張りすぎの問題でも、
    能力の問題でもありませんでした。


    本来、人は

    安心を土台として

    自己肯定を身につけ、
    自分らしさを作っていきます。

    そのために「ちゃんとする」「頑張る」んです。


    でも、安心が土台になければ


    「ちゃんとしなきゃいけない。だから頑張り続ける」
    「これで十分が分からない。ずっと何か足りない」


    と考えることで

    その状況を理解し、対処します。


    「ちゃんとする」「頑張る」が「生きる」に直結してしまう。

    「ちゃんとしていれば、生きていい」のような許可になってしまう。

    だから、ちゃんとしていない自分は責める対象、否定する対象になってしまう。


    自分の隣には常に

    「ちゃんとしているか」判決を下す裁判官がいました。

    味方は誰一人いませんでした。


    わたしにとって

    緊張を解くことは、死に直結していました。




    知らぬ間に限界を超えた日

    しかし、

    ちゃんとしていれば
    頑張っていれば

    社会の中で生きていられるのも事実です。



    無意識に頑張り続け、
    特に問題なく生活できているはずだった。

    ところが、ある日、


    「あれ?なんで?」

    涙が出てくる。


    人目もはばからず流れ落ちる涙。


    「病院に行ったほうがいい」

    周りの人たちにそういわれて行きました。


    病院で適応障害と診断されました。

    それでも

    「適応障害って、こんなもんでなるんだ」

    どこか他人事のように思っていました。


    医学的に見ても
    心身に支障をきたしていたとしても

    まだ、ちゃんとする、頑張るから離れることができませんでした。



    緊張することが生き方だった


    私が変わり始めたのは、コーチングを受けてからでした。

    でも、最初はコーチから「十分頑張っている」と言われても
    受け入れられなかった。

    どこまでやれば、頑張っているといえるのか

    分からなかったんです。


    だけど

    「適応障害って、こんなもんでなるんですね。」

    とはなしたとき、


    「そうだね、普通の人はここまで頑張らないから。それだけ頑張り続けた、頑張りすぎていたってことだね。」


    その言葉をきっかけに、少しずつ、自分の生き方を振り返るようになりました。


    わたしは昔から休むことが得意ではなかった。

    ずっと走っていました。

    休んだ瞬間、自分には価値がないという思考が降ってきて、

    休むのが怖い。

    お前はいらない。

    いつ言われるかと思うと怖くて休めない。


    別に何かと、成果の量を競争しているわけでもなかった。


    いや、


    競争するという余裕さえなかった。



    サバンナで生きるシマウマのように
    常に周囲をライオンやチーターに捕食されないように
    気を配って緊張していた。

    でも求められる成果が出るから、期待や責任が増えていく。


    そういう悪循環にようやく気づくことができました。



    自己否定も他人軸も必然だった

    そう考えていくと

    自己否定も他人軸も、必然だったのかもしれない。


    自分の気持ちよりも、周りの期待を優先する。

    何かあれば、まず自分が悪かったのではないかと考える。

    どれだけ頑張っても、まだ足りないと思う。


    それは、自分を苦しめたかったからではありません。

    ちゃんとしていれば、安全。

    期待に応えていれば、離れていかない。

    役に立っていれば、ここにいてもいい。

    そうやって、周りに合わせることも、自分を責めることも、頑張り続けることも、

    「生きるために身につけた対処法」だった。


    だから、簡単には手放せなかった。


    頭では「もっと自分を大切にしよう」と思っても、休むことが怖い。

    「自分らしく生きよう」と思っても、自分の気持ちが分からない。

    自分を肯定しようとしても、何を根拠に肯定すればいいのか分からない。


    それも当然だったのだと思います。


    はじめて自分の頑張りを受容する


    この「自己否定も他人軸も、必然だったのかもしれない。」というのは

    ふつうに思えば、奇妙な言葉だと思います。


    「自己肯定感を高くしましょう」
    (⇔自己否定を止めましょう)

    「自分軸で生きましょう」
    (⇔他人軸で生きるのは止めましょう)


    世間では声高らかに言われているのに

    それとは真逆の

    自己否定、他人軸が必然だったと受け入れているのですから。


    しかし、そんな奇妙な言葉は私にとって

    まぎれもない自己受容

    でした。


    今までは

    自己否定、他人軸という生きづらさを


    ただ甘えているだけじゃないか?

    ただ意志が弱いだけじゃないだろうか?

    自分程度の苦しみで、生きづらいなんて言ってはいけない。

    他にもっと大変な人がいる。

    他にもっと苦しんでいる人がいる。


    自分は、ただ弱音を吐いているだけだ。


    そんなふうに感じていました。


    だけど、そう感じていたことが


    生きづらい思いを認められない自己否定であり


    他人の苦しみと比べて自分の苦しみを過小評価する
    他人軸だったんです。


    でも、当時の私にとって、

    自己否定や他人軸は、

    ただやめればいいものではありませんでした。



    それらを手放したら、
    どうやって生きていけばいいのか分からなかったから。


    そんな私に必要だったのは、

    今までの自分を否定して、
    無理やり別の自分に変わることではありませんでした。


    なぜ、自分はそうせざるを得なかったのか。


    その理由を知り、
    そうやって生きてきた自分を
    受け止めることだったんです。




    心の安心感から生まれる、とめどなく流れる自己肯定


    私はこれまで、
    自分を肯定できるようになるために、
    たくさんのことを学び、実践してきました。


    もっと自分を理解しなければ。
    もっと自信を持たなければ。
    もっと自分らしさを見つけなければ。


    そうやって知識を増やしても、
    気づけばまた

    「まだ足りない自分」

    に戻ってしまう。



    自分を肯定するために頑張っているはずなのに、その頑張りが、また自分の足りなさを感じさせる。


    そんな繰り返しでした。


    でも、


    自分の半生を初めて、
    自分を責める以外の見方で振り返ったとき、
    少しずつ変化が生まれました。


    「自己否定も他人軸も、そうせざるを得ない理由があったんだ」


    そう思えたことは、私にとって、今まで感じたことのないものでした。


    自分を肯定するために、
    何かを積み上げ続けるのではなく。

    自分を否定することで、
    自分を動かし続けるのでもなく。

    自分の内側に安心できる土台があるからこそ、
    自然と自分を肯定できる。


    たとえ一時的に自分を否定してしまっても、
    そこからまた、自分に戻ってこられる。

    私にとって大きかったのは、
    自己否定が一切なくなったことではありません。


    自己否定してしまう自分さえも、
    否定しなくてよくなったことでした。


    そして、


    その安心感があるからこそ、

    そうした積み重ねの中で、

    「この先、何があっても自分なら大丈夫」

    という感覚が、
    少しずつ育っていき、
    自分の人生を自分で選んでいけるようになったんです。



    だから、同じように苦しんでいる人に届けたい


    かつての私のように、

    「このままでいいのかな」

    「何かが足りない気がする」

    「もっと自分を理解しなければ」

    そうやって、自分を変えるために
    たくさんの方法を探し続けている人がいると思います。

    自己肯定感を高めようとしたり、
    自分らしさを見つけようとしたり、
    自分に合った生き方を探し続けたり。



    それでも、気づけばまた、



    自分を責めてしまう。

    周りの期待を優先してしまう。

    自分の気持ちが分からなくなってしまう。

    そして、また何かが足りないと感じて、
    新しい答えを探し始める。



    かつての私も、そうだった。



    だからこそ、伝えたいんです。




    あなたに何かが足りないから、
    苦しくなっているとは限らない。




    今まで身につけてきた考え方や行動には、
    それなりの理由があるのかもしれません。

    自分を責めることも、
    周りに合わせることも、
    頑張り続けることも。

    それらを身につけなければ、
    安心して生きられなかったのかもしれない。



    だとしたら、必要なのは、
    今までの自分を否定して、
    無理やり別の自分に変わることではないはずです。


    まずは、自分がなぜそうなっていたのかを知ること。

    そして、そうならざるを得なかった自分を、
    自分自身が受け止めていくこと。

    そのサポートをしています。



    私が提供しているのは、
    単に自分の性格を理解したり、
    やりたいことを見つけたりするためだけの
    コーチングではありません。

    もちろん、それらも大切なことです。


    でも、その根っこにある、
    自分自身との関係にも目を向けていきます。


    なぜ、いつも自分を責めてしまうのか。

    なぜ、自分の気持ちよりも、
    周りの期待を優先してしまうのか。

    なぜ、十分に頑張っているはずなのに、
    まだ足りないと感じてしまうのか。



    そうした自分の内側にある
    特殊な無意識の仕組みを、
    一緒に紐解いていきます。

    そして、今までの自分を否定するのではなく、
    その自分が何を抱え、何を守ろうとしてきたのかを
    理解していく。


    自分を変えるために、
    さらに頑張るのではなく。

    自分を責め続けなくても、
    自分の人生を歩んでいけるように。

    心の安心感を土台に、
    自分の人生を自分で選べるようになること。


    だから私は、
    やりたいことを見つけることや、
    行動を変えることだけを
    最初の目的にはしていません。


    その前に、もっと大切な土台があると考えています。



    自分の人生を動かす、操縦席を取り戻す

    少し、想像してみてください。

    自分の人生を、一台の乗り物だとしたら。



    これまでの私は、
    自分の人生に乗っているはずなのに、
    自分で行き先を決められませんでした。



    周りの期待を察して、
    嫌われない方向へ進む。

    空気を壊さないように、
    間違いのない道を選ぶ。

    誰かの求める自分でいられるように、
    アクセルを踏み続ける。



    でも、


    自分が本当はどこへ行きたいのか、
    何を大切にしたいのかは、
    よく分からないままでした。

    自分の人生なのに、
    自分が運転している感覚がなかったんです。



    そして、いざ立ち止まろうとすると、
    不安になる。

    このまま止まっていていいのか。

    もっと頑張らなくていいのか。

    この先、自分はどうなってしまうのか。

    だからまた、アクセルを踏んでしまう。


    そんな生き方をしていました。



    でも、心の安心感が育っていくと、
    少しずつ変わっていきます。

    周りの期待に応えることだけが、
    自分の進む道ではないと考えられるようになった。

    自分の気持ちが分からないときも、
    すぐに答えを出そうとしなくてよくなった。

    立ち止まることも、
    迷うことも、
    自分で選べるようになっていった。


    もちろん、人生から不安がなくなったわけではありません。

    それでも、不安があることと、
    自分の人生を選べないことは、
    同じではなくなりました。


    心の安心感は、
    自分の人生を動かすための操縦席を、
    もう一度、自分の手に取り戻すカギだったんです。



    私は、この安心感を土台にして、
    自分の人生を自分で選んでいける人を増やしたい。


    誰かの期待に応えるためだけではなく、
    自分を犠牲にすることで成り立つ生き方でもなく。

    自分の気持ちも、周りの人も大切にしながら、
    自分の人生を歩んでいける。

    うまくいかないときも、
    迷ったときも、
    「この先、自分なら大丈夫」と思える。

    そんな生き方を、
    一緒につくっていきたいと思っています。




    最後まで読んでいただき
    ありがとうございました。




    追伸|あなたの心には、安心できる土台がありますか?

    何かが足りない気がして、自分を変えようと頑張る。

    それでも、気づけばまた自分を責めてしまう。

    周りの期待を優先して、自分の気持ちが分からなくなってしまう。



    もし、そんなことを繰り返しているなら。



    もしかすると、


    必要なのは、
    もっと自分を肯定しようと頑張ることではないのかもしれません。



    大切なのは、
    自分がどんなときに不安になり、どんな考え方や行動で、その不安に対処しようとしているのかを知ること。



    自分では当たり前だと思っている考え方や行動にも、心の安心感との関係が隠れているかもしれません。



    そこで、まずは自分の心の傾向を知ることから始めてみませんか?




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