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『消えたバッグと、母のパラレル散歩』

    軽度認知症と診断されてからも、主治医の勧めもあり、母は長年運営していた英会話教室の仕事を続けていた。 しかし、さまざまな「事件」が多発するようになり、やがて引退することに。

    その後症状は進み、半年後には正式にレビー小体型認知症と診断された。

    これは、その頃に起きた事件である。

    当時の私は仕事をしながら、帰りに母の家に寄ったり電話で様子を確認したりしていた。 ただ、母はとにかくひっきりなしに出歩く。心配になった私は、ある日の朝、出勤前に母の家に寄ってみた。

    すると、あきらかに母の様子がおかしい。

    聞き取りをしてみると、自宅から約6キロも離れた公民館(月に1回通っていた教室)へ今朝行ってきたと言う。 そして「バッグがなくなった」と言い張るのだ。

    スマホの位置情報(GPS)を見ても、母が家を出て行った形跡はない。 それなのに母は、その公民館の周りの様子や「誰々が出てきてどうのこうの」と、驚くほどリアルに語る。

    しかし、母の話す風景は私の記憶とどうも噛み合わない。

    本当にバッグがないのか家や周囲を探してみたが、どこにもない。 サンルームの縁の下を覗き、裏の用水路の脇の草むらをかき分けて探しても、ない。 仕事を引退したタイミングで母の家はかなり断捨離し、探し物がしやすい状態になっていたはずなのに、影も形もないのだ。

    「まさか、本当にあの距離を歩いて行ったのか……?」

    そう思い、車で母を乗せてその公民館まで行ってみた。 職員さんに確認すると、「今朝はいらっしゃってないですよ」とのこと。荷物の忘れ物もない。謎である。

    なぜ私が「本当に歩いて行ったのかも」と疑ったかというと、実は前科があるからだ。 過去に2度ほど、本当にそこまで歩いて行ったことがある。

    1度は公民館から電話があって迎えに行き、もう1度は土砂降りの中を歩いて帰ったと連絡があった。 心配して慌てて母の家に向かうと、母はすでに帰宅していた。

    「親切な人が車に乗せてくれたの」

    母に聞いても誰に乗せてもらったかは覚えていない。 (以前も別の場所で元生徒の親御さんに助けられたことがあったので、今回も土砂降りの中を傘もささずに歩く母を見かねた知り合いが乗せてくれたのだろう、というのが私の推測だ)

    そんな実績があったからこそ、「今朝も本当に早朝から行ったのかもしれない」と思ってしまったのだ。

    その後も母の家に行くたびに探したが見つからず、母の実家まで見に行ってもない。 母はことあるごとに、こう言っていた。

    「子供が泣くから、抱いて雨に濡れないように軒下に置いた」

    ……おそらく母は、そのバッグを「子供」だと思い込み、雨に濡れないようどこかの軒下に大切に置いたのだと思う。

    半ば諦めて1ヶ月ほど経った頃、母の家に行くと、リビングにあの「ドロドロになった例のバッグ」がポツンと置いてあった。

    「え??? これ探してたやつ! どこにあったの!?」 「そこに置いてあったよ」 「え? 急に出てきたの?」 「知らない。私はわからないけど、そこに置いてあったの」

    ……いや、あんたしかいないんだよ!! ここに置ける人!! 母はもうすでにバッグを無くしたこと自体を忘れている。

    母なりの謎のルーティンがあって、通りかかったどこかの軒下で見つけて拾ってきたのだろうか? 真相は全くわからない。

    思い返せば、以前鍵が入ったバッグを失くした時も凄かった。 人が絶対通れないような、家の裏の川側の柵の外側に引っかかっていて、携帯を鳴らし続けてようやく見つけたことがあった。

    ……というわけで、私は母を本格的に見守るため、自分の仕事場を母の家に移すことを決意。 書類の大移動を行い、自分の仕事部屋にガチガチに鍵をかけることになったのだった。

     
     
    レビー小体型認知症になった母・たちこさん。今の介護生活やここに至るまでの様々な出来事や過去の思い出、家族のあれこれを、時系列関係なく気ままに綴っていきます。

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