
国が対外交渉で貿易や金融を操作する方法のレパートリー: Economic Statecraft(1985)の紹介
アメリカの政治学者デヴィッド・ボールドウィン(David A. Baldwin)の著作『エコノミック・ステイトクラフト(Economic Statecraft)』(初版1985;邦訳2023年)は国際政治で国家が経済力をどのように対外政策に利用するのかを包括的に調査した古典的業績です。今回は、国家が他国に影響力を行使するため、貿易や金融をどのような手法で操作するのか、その基本となる行動の分類を紹介しておきたいと思います。
まず、ボールドウィンは対外政策の手段の一つとして、貨幣に換算できる資源を利用して影響力を行使することをエコノミック・ステイトクラフトと呼び、その手法を体系的に検討しています(ボールドウィン『エコノミック・ステイトクラフト』16頁)。もちろん、対外政策では相手から特定の行動を引き出したり、また食い止めるために複数の手段を用いる場合があるため、エコノミック・ステイトクラフトと軍事的手段が併用される場合もありますが、この記事ではその可能性を除外して議論します。
エコノミック・ステイトクラフトを考える場合、それは貿易関係を操作するものと、金融関係を操作するものに大別して考えることができます。ボールドウィンは、その効果に応じて相手に利得を与えるエコノミック・ステイトクラフトと、損失を与えるエコノミック・ステイトクラフトにも区分しています。ここでは損失を与える手段に限定し、そこに含まれる代表的な行動の種類を示します。
(1)貿易
禁輸:輸出を禁止する。貿易の全面禁止を指して用いられることもある。
ボイコット(輸入禁止):輸入を禁止する。
関税引き上げ:対象国からの輸入品への関税を引き上げる。
差別関税(割増関税):対象国からの輸入品への関税を他国に比して不利益に扱う。
「最恵国待遇」の取り消し:ある国からの輸入品を他国からの似たような輸入品目と同等に優遇する措置をとりやめる。
ブラックリスト(取引禁止):対象国と取引のある企業とのビジネスを禁止する。
輸出入の割当制:特定品目の輸入または輸出の量を制限する。
輸出入許可の取消:特定品目の輸入または輸出を許可しない。
ダンピング:意図的に、製造コストを下回る価格で輸出品を販売すること。目的は、主要輸出品の世界的な市場価格を下げて対象国の経済をかき回すため、世界市場でシェアを広げるためなど。
買い占め:ある商品を買い占めて、対象国にその商品が行き渡らないようにする。
上記の措置の脅し:対象がある行動をとらなければ、上述のいずれかの措置をとると脅す。
(2)資本(金融)
資産凍結:資産の囲い込み。対象国の所有する銀行口座や他の金融資産へのアクセスを不能にする。
資本流出入の規制:海外から、または海外への資本移動に関して、誰か、いくら、何のために移動できるかを制限する。
援助の停止:支援提供の縮小、終了、または遅延。
収用:対象国に帰属する資産を差し押さえる。
課税強化:対象国の資産に差別的な税金を課す。
国際機関への分担金の留保:国際機関への分担金を払わない、支払いを遅延させる、または過去に合意された額より減額して支払う。
上記の措置の脅し:対象がある行動をとらなければ、上述のいずれかの措置をとると脅す。
これらはエコノミック・ステイトクラフトに関する行動の完全なレパートリーというわけではなく、対象国との勢力関係に応じて修正を加えることもあり得ます。もし対象国の政権を弱体化させ、体制を変動させ、政策や能力を変化させようとするのであれば、その目標に応じた手段が選択されます。
こうしたエコノミック・ステイトクラフトは経済的な利益を追求して行われるのではなく、政治的な利益を追求して行われるため、通常の経済行動の枠組みでは理解しにくいものです。例えば、ボールドウィンは関税は他国に対する影響力を行使する手段として操作するよりも、国内の特定の有権者集団に対する利益誘導として操作する場合の方が多いという学説を紹介し、自身も関税が他国に影響を与える目的で使われることが一般的ではないという見解を示しています(同上、57-62頁)。
このようにエコノミック・ステイトクラフトをめぐる政治家の意思決定を分析するには、国家というユニットを単一の行為主体として見なすのではなく、その政権の指導者の再選動機にまで踏み込んだ政治学的分析が欠かせません。